2013年5月28日火曜日

山中湖マラソン


蓼科・イングリッシュガーデンにて

正式には第33回山中湖ロードレース。
日曜日に無事終わりました。

復帰を期した大会でしたが、その目的を果たすことができました。
昨年のタイムを7分短縮。とは言っても昨年が過去ワーストだったので好タイムというわけではありません。ただ、設定のキロラップに4秒遅れという、ほぼ想定通りの結果には満足です。

今回もっとも不安に思って対策をとったのは、左足ふくらはぎの肉離れ再発でした。
対策とは compression socks とセミロングのタイツ。いずれも締め付けがきついので患部の圧迫固定は完璧です。その効果があって、なんの問題も生じませんでした。


が、しかし。
一難去ってまた一難。
5k手前で右太ももにピリッと痛みが走り、「またもや肉離れ?」と恐怖感。1kも続く7k地点の上りを前にペースを落とさざるを得なくなりました。痛みをこらえ、騙し騙し、復帰の喜びをかみしめて走り続ける。結局、キロラップを20~25秒落として中盤の約10kを凌ぎました。この戦術転換が良かったのか、ラスト3kは逆にペースアップしてゴールできました。

以前は、フルなら途中で予期せぬトラブルに悩むことが度々ありましたが、
ハーフでこんな状況になるとは・・・。
1年振りの復帰レースということもありますが、
やはり加齢による筋力低下ということでしょうか。


1年前のこの大会で半月板手術の決断をし、その後腸閉塞、肉離れという故障を経てようやく待望の復帰。清々しい気持ちでレースを終えることができました。

次回は7月7日、そして8月後半、10月末とハーフの大会が続きます。
以前のアベレージに戻すことが次の目標です。

つまり10分短縮! おー、なんと過酷。



2013年5月19日日曜日

骨密度

昨日は久々の10kラン。
4月8日、沖縄で走って以来でした。
キロラップを通常より30秒遅くしてのペースランニング。
スタミナに課題を抱えているのを実感しつつも、何とか設定タイムでゴール。
肉離れの再発はありません。

大会を1週間後に控えています。
あと2回は10k、15kをこなしておきたい。
決してスピードは出さずに…。

17日の人間ドック。
例年と変わらず、“骨密度にやや難あり” という結果でした。
若年層(20代)との比較では74%、同年代との比較では92%という数字。
この病院でドックを受け始めてから骨密度を計測するようになりましたが、
ずーっと同じような数字。

日光を浴びる、運動をする、カルシウムを摂る、などの指摘をされても手の打ちようがありません。
すでにジョギング、マラソン、散歩、ゴルフ、毎日に近いくらい外遊びをしているし・・・。
計測ミスじゃないのか、そう指摘したこともありますが、こう何年も同じような数字が並ぶとこれが真実なんでしょう。

なぜ低いのか、どうすれば改善されるのか。
さっぱり分からないことに対処のしようがありません。

取りあえずは今まで通りの生活パターンを継続することにします。
マラソン大会にも積極的にエントリーして。
1週間後の山中湖、七夕の嬬恋、8月後半の富士吉田、ここまではエントリー済み。
すべてハーフの大会です。

2013年5月11日土曜日

サマータイム

起きるのが早くなりました。
5時には目を覚ます日が続いています。
いわゆるサマータイムです。

翌日のレースを待つ色とりどりのレガッタ

肉離れのその後。

完全回復したものと思い込んで、スピードを上げたジョグをしたため4k地点で再発。
その後数日は安静にし、3日前からトレーニングを復活しています。

COMPRESSION SOCKS を履き、通常のキロラップより1分遅くし、短めの距離で止める。
いわば LSD(ロング・スロー・ディスタンス)ではなく、S(ショート)SD とでも言いましょうか。
そして SSD をいくつか足し算していくことで距離を稼ぐ方法にしました。

昨日は SSD の足し算で11k、10k超えはかなり久しぶりです。
これをしばらく繰り返しつつ、たまにスピードを元に戻すこと、距離を延ばすことにチャレンジしてみたいものです。

しかし、しかし、
26日の山中湖ハーフまでは、肉離れ再発が一番怖いので現状の「SSD 足し算」にとどめ、色気は出しません。

あと2週間。
はらはらどきどきのトレーニングの日々。

2013年5月3日金曜日

肉離れ

初めての肉離れ。
ジョギング途中に左足ふくらはぎに強い痛みが走り、足を引きずりながら帰宅することに…。
4月17日のことでしたから、半月は経過しました。

それから10日後、5kのジョグにチャレンジしましたが、2k手前で強く痛みだし断念。最初のときよりは痛みは弱かったものの、このまま3k走るのは到底無理。15分ほど休憩してとぼとぼ帰宅。

原因は2つ考えられます。
ひとつはトレーニングメニューに坂道ダッシュをいれたこと。5kのジョグを終えたあと3~400m、上りを含む1kをダッシュでかけ上がるものです。やってみると、これが筋力強化につながる手応えあり。2本続けることもありました。

もうひとつはシューズ。友人よりいただいた地下足袋形状のノークッションシューズです。ベアフットのカテゴリーだと思います。歩くだけでも足裏、ふくらはぎから太ももまで、筋肉を刺激しているのが分かります。さすがにダッシュの時は使いません。スロージョグの際に使い始めたところでした。

応急処置にも問題があったようです。
ネットで調べると、RICE処置が応急処置の基本と言われています。
R(Rest 安静)、I(Ice  アイシング)、C(Compression 圧迫・固定)、E(Elevation  挙上)
痛む足を引きずって1k歩いたり、お風呂に入ったり、とんでもない処置をしていました。

フェイスブックに状況を投稿すると様々なアドバイスが帰ってきました。
それらも参考にしてきましたが、いま最も効果を感じているのは、
medilast sport のcompression socks。 ふくらはぎを強く締め付けるソックスです。形状はハイソックス。履くとき、脱ぐとき、大変な努力が必要ですが、履いてしまうとふくらはぎに心地よい圧迫感があります。

昨日からこれを履いて走ったり歩いたりのリハビリを始めました。
あせらず、徐々に徐々に、走りの距離とスピードを上げるようにしていきます。

とにかく、月末の山中湖ハーフは完走したい! 

2013年4月29日月曜日

遺作


50を過ぎたばかりで逝った…。

彼女が遺した作品が先日出版されました。

前職で縁があった人ですが、退職後絵本作家として実績をつくり、最後に遺した作品が本書です。

帯にはこう記されています。
「やまたのおろち神話」「天岩戸伝説」に隠された真相。
見過ごされてきた謎をつなぎ、浮き彫りになるスサノオの犯罪。隠蔽された事件は、権力者にとって「不都合な歴史」だった。オオクニヌシやスサノオとは、何者か。スリリングな推理、誰も予想し得なかった結論。・・・・

冒頭の「はじめに」を読んだばかりですが、わくわくしながら読み進められそうな予感。
10年の歳月を要して書き上げた作品です。
故人に敬意を表しながら一文一文をじっくり味わいたいと思います。

2013年4月20日土曜日

大内宿へ

三春の滝桜を堪能したあと、磐越道を西へ、西へ。
途中、雪が山裾まで残る磐梯山を眺め、さらに西へ。
その先には新潟の山々が真っ白な姿を見せてきました。

会津若松で降りて、次は南下。
山里の街道を走って、本日泊まりの芦ノ牧温泉にようやく到着。

翌日はさわやかな快晴。
向かうは大内宿。


会津と日光を結ぶ街道宿場の一つ。
街道として賑わったのは17世紀中ごろまで。新たに開通した街道、自然災害などの影響でその後は長い間存在を忘れられていました。大内宿もその間歴史にうもれていたわけです。


それが、明治、そして戦後、徐々に研究者の関心をよび、それをマスコミが扱い、そして少しずつ観光地化されてきた歴史があります。ただ、いったん舗装した道を土に戻すなど、住民の生活環境を近代化することと街道宿として当時の姿を遺すことに、地元の葛藤は何年も続いたということ。今の状態が構築されたのは近年のことです。
そして今では、「〇〇100選」などでは常に選出されており、奈良井、妻籠とならぶ景観保存宿として人気を集めています。


軒下にはいろんな産物がならんで観光客の足をとめていました。
なかでも色鮮やかだった草履と唐辛子。茶色が中心の家並みの中で大きなアクセントにもなっていました。

この街道を、戊辰のときは日光から官軍が北上してきたこと、なんだか夢のような信じられない史実です。



2013年4月17日水曜日

三春の滝桜

ライトアップがもうじき終わると知り、急きょ計画しました。

3.11後、「もう三春まで桜を見に来る人はいなくなる」と、地元の人がTVのインタビューに応えていたのを思い出します。

行きはあえて、常磐道を選択。
茨城北部から交通量が徐々に減ってきて、あの影響をいろいろ考えざるをえない心境に…。

いわきから磐越へ。
「三春の降り口が混雑」という情報が電光で示され、ちょっと嬉しい気分に。
降りてしばらくはスムースだったのに、あと4.5kという辺りから大渋滞。ほぼ歩く速度と同じか少し遅いくらい。出会った車で最北は札幌、最南は岡山ナンバーでした。ほぼ80%はジッチャン・バッチャン。見かけたツアーバスは100%そうでした。

途中ユーターンする車も数台ありましたが、辛抱強く目的地を目指すことにしました。

たった1本の桜を観に行くというのは初めてのこと。正直期待外れだったらはるばる来た甲斐がないな~、なんて気持ちもありました。

しかし、目の前にすると、ショックを受けるくらい驚きました。


樹齢千年、日本三大枝垂れ桜の一つ。その雄大な姿、名前のとおり滝のように落ちてくる花。しかも、観る角度によっていろんな表情を見せてくれる。これまで見たことのない景観でした。

昨年の状況は知りませんが、3.11で消えた観光客は完全に元に戻った印象を受けました。たまたま今朝のNHKニュースで現地からの中継もあり、動員に拍車がかかるかもしれません。そうなってほしいです。


2013年4月14日日曜日

伊江島へ

先週の沖縄はめずらしく天候に恵まれました。
出発前日・当日の爆弾低気圧が過ぎ去ったばかりだからでしょうか。
浜辺の散策ものんびり楽しめました。
ホテルからビーチが近いというのは気持ちが落ち着きます。


今回のメインは伊江島行きです。
美(ちゅ)ら海水族館の向こうに浮かぶ島。
西部劇に出てくるような、男性の乳首のような、茶碗を伏せたような形が何ともいえず、いつか渡ってみたいと思い続けていました。


本部港からフェリーで30分。
アメリカ人らしきファミリーが何組か。おそらく軍関係者のファミリーなのでしょう。
休暇を利用してのピクニックのような雰囲気です。

到着後さっそく中央にそびえる城(ぐすく)山、標高172mに向かいました。
中腹までは車。そこから頂上まではコンクリートの階段、300段ありました。
頂上からは360度、東シナ海の広がりを望めます。田園は平たく、一枚一枚が大きいので北海道の風景を思いだします。なぜかさとうきび畑が見当たらないから余計に…。


あいにく、頂上には小さな虫がぶんぶん飛んでおり、ゆっくり休憩する気にもならず早々と下山。
途中すれ違ったアメリカ人女性グループに、「階段が急だから気をつけて」と声をかけられ、慎重に慎重に足を運びました。

その後、いくつかの観光スポット、戦跡をめぐり、帰路へ。

伊江島はあの戦争のときに、沖縄本土上陸戦前に攻撃を受けたと記憶しています。
そのときの犠牲者、島民2800人、兵士700人。
周囲が22k ぐらいしかない島でこれだけ多くの犠牲者がでたというのは、「絶句」と書くしかありません。戦跡には島民が避難生活した、海岸に面する洞窟もありました。1000人が生活していたそうです。海の向こうには、すぐ近くに沖縄本島が見えます。当時の人たちはどんな気持ちでこの風景を眺めていたのか…。

2013年4月2日火曜日

古書店めぐり

昨日は免許更新、ついでに古書店めぐり。

無事故につきゴールド免許といわれると、何かほめられているような気がして少し嬉しくなります。
ただ、毎回の感想ですが、免許の写真はなぜいつも人相悪くなるんでしょう。
人には気軽に見せられません。


ライトアップ直前、夕暮れの東京タワーと枝垂れ桜

古書店めぐりでは、思わぬ収穫がありました。

一つ目は野上彌生子の「秀吉と利休」。S39年発行です。
S39といえば東京オリンピックの年、約50年前になります。(あー、もうそんなに…)。
先日の直木賞受賞作・安部龍太郎「等伯」を読んで、利休と秀吉の関係に関心を持っていたところでしたので、即判断。200円なり。
懐かしい箱入り単行本です。

前回の購入古書、ジェームズ・クラベル「将軍」(30年前発行)に続く大当たりです。

二つ目は井上ひさし「四千万歩の男」。伊能忠敬の足跡をたどったものです。
文庫本ですが5分冊で1冊がとても分厚い。
これも新刊で買おうかどうしようか書棚で見るたびに迷っていたものだけに、即判断。
1800円なり、かなり安く購入できました。

そのほか、佐々木譲「廃墟に乞う」、山本一力「損料屋喜八郎 始末控え」などを買い求め、カバンはずっしり。

新刊本ではジャレド・ダイアモンド他の「知の逆転」が直近の購入本です。
評判ほどのものではなく、やや期待はずれ。インタビューの組立て方やテーマの掘下げ方に物足りなさを感じます。紙数が限られた新書を選択したのがこういう結果を招いているようです。

2013年3月29日金曜日

お練り 新歌舞伎座オープンへ



花粉が嘘のように消えました。
天気予報では真赤なのに、私の周りからはすっかり消えたようです。
おそらく花粉の種類が変わったのでしょう。

市販薬のアレグラはまだ半分は残っています。
ようやく気持ち良い春・初夏を、思いっきり楽しめます。

一昨日は朝からしとしと雨。
10時からのお練りは挙行されるのだろうか・・・。



歌舞伎役者63名による “世紀のお練り”、 新歌舞伎座オープンを祝したイベントです。
30分前に現地に到着しましたが、すでに沿道は人、人、人。5列以上の人の列。

しかも、ほとんどの人が傘をさしており、後ろからの視界はまったく閉ざされています。

しかし、お練りが始まると前列の人たちは傘を閉じ、後列に気を遣ってくれます。
日本人らしい素晴らしいマナーに感心。これで視界が十分に広がりました。

改めて観衆を見てみると平均年齢60代前半、7割が女性という感じ。
「役者にプレゼントは渡さないでください」というアナウンスに思わず一人笑い。


有難いことに、お練りが始まると雨が小降りになり、役者の面々も雨を気にすることなく沿道の観衆に笑顔で応えていました。

カメラにタイミングよくおさまった役者は残念ながら数人でしたが、横や後ろから追いかけたショットで何とかカバーできました。

新歌舞伎座オープンまであと数日。
素晴らしいイベントになりました。

2013年3月19日火曜日

花粉疎開

花粉疎開。
そういった思惑で、諏訪湖まで走りに行きました。
1月の全面結氷、御神渡りは想像すらできない、雪も氷もない湖面。
さわやかな、穏やかな1日でした。

しかし、“花粉ゼロ” というわけにはいかず、さっそく目と鼻に症状が…。
やっぱり駄目か…。

気を取り直して16kにチャレンジ。
しばらくすると風が強くなり、向かい風に前傾で身体を預ける、スピード感の全くない“ポタポタ走り”。逆方向に向かうと追い風になるかといえば、そうはならない嫌味な風。

途中、風で身体が冷えて、かなり消耗しているのがわかるくらいの
厳しいコンディションでした。

何度か挫折して歩いたり走ったり。そしてようやくゴール。
厳しい16kでした。

花粉疎開どころか…。

湖の周りには膝に優しいランナー専用道路が整備
されています。信号が一つもないこの道路、天気が
良ければ、富士山や八ヶ岳などの周りの山々を
楽しみながら、16kノンストップで走れます。

湖面から300mほどの標高差にあるゴルフ練習場で
ひと汗流して、そばの展望台から望む諏訪湖。まるで
摩周湖のように見える湖水ですが、20年ぐらい前までは
種々の排水の影響で黒緑色に汚く濁っていました。
その後、いろんな努力が実ってこんな見事な景色を
創ってくれています。
 
左に大きく目を向けると、はるか向こうに
穂高、槍、常念などアルプスの山々が望めます。
しばらく行っていない上高地は
あの麓の辺りになるのかな?


2013年3月14日木曜日

桜咲く

合格発表の季節。
嬉しい報告をFBで受けると、こちらも「良かったね」という気持ちになります。
知人からの合格報告は、もちろん子供さんのこと。1度もお会いしたことがない人がほとんどです。FBの “お友達” 関係だからこその “幸せのシェア” といえます。

昨夜のTVによると、桜の開花・満開予測が1週間も早まったようです。
東京ではなんと3月25日が満開、こんなに早いのは滅多にありません。
沈丁花も、木蓮も、辛夷も、もしかしたら寒桜も染井吉野と同時期に咲き乱れる。つらい花粉症が収まらない季節に…。いいような悪いような。


ジョギングの途中、名前が分からない、気になる花を撮りました。
八重の花びらが柔らかで、色合いがとても優しい花です。
枝ぶりはバラに似てますが、棘はありません。


PM2.5や煙霧など、今まで聞いたことも経験したこともない現象が続いています。
昨日も突風が吹き荒れ、交通機関があちこちで遮断されていました。
こんな日は、花粉の飛散量も半端ではありません。
早く解放されたい。

2013年3月7日木曜日

花粉対策

いよいよジョグ再開。
ちょうど3週間振りになります。
花粉症対策にマスク、サングラスをつけてのスタートでしたが、やはりマスクはうっとうしい。
マスクは400mまで。花粉の症状が悪くなったらしかたない・・・。

5k jog ⇒ 2k walking ⇒ 3k jog
タイムもそれほど悪くなく、まずまずの再開となりました。
4月中旬の陽気とはいえ風がなかったので、花粉の飛びはそれほど感じないまま終了。

今年の花粉対策。
いくつか新顔も入れて、地道に取り組んでいます。


一つ目は納豆。できるだけ毎日食べるようにしています。ある人から納豆を毎食のように食べ続けて、花粉症を乗り切ったという体験談を昨年聞いて以来、この時期は意識して食べるようにしています。でも毎食って無理ですね。

二つ目はヨーグルト。これも納豆と同様の食べ方です。通常は積極的に食べようとしないヨーグルトですが、この時期は違います。

三つ目はにんにく。“熟成黒にんにく” というものです。臭いはほとんどありません。黒い、甘辛い、柔らかいものです。1日1個、できるだけ朝食前に食べるようにしています。

四つ目はきんかん。串本特産のきんかんをいただいたので1日2個食べるようにしました。花粉症にも効果あり、ということです。

にんにくときんかん。今シーズンの新顔です。
どれだけの効果があるのか、まだ未知数。

もちろん市販薬、アレグラと目薬クリアブロックも入手しました。

2013年3月2日土曜日

花粉症 発症

退院後のリハビリは順調です。
ストレッチ(開脚、前屈など)、スクワット、ダンベル、散歩が主なメニューです。
散歩は日々、5k⇒7k⇒10k⇒13k と距離を延ばしてきました。

そして昨日は春一番が吹き荒れるなか、7.5kを散歩。
しかし、これが大失敗でした。
帰宅後、徐々に目が痛くなるわ、鼻づまりになるわ、くしゃみはでるわ。
完璧な花粉症です。

今朝になっても症状は続いており、市販薬にするか病院にいくか迷っているところです。
今シーズンは “PM2.5+花粉症” が脅威として報道されており、甘く見てはいけない、という警戒感があります。一方では、病院の処方薬としてしか手に入らなかった薬が、市販されるようになっています。ネットで調べると、「まずは市販薬で対処してみて、改善が見られなければ病院へ」というありきたりのコメント。取りあえず、そのコメントに従うことにしましょうか…。


昨日の散歩の途中、近くの公園で撮った2枚。
毎年桜の前に楽しむ花です。

沈丁花。蕾が膨らみ、少しずつ花が開きはじめて
います。大好きな香りはまだ、でした。
紫モクレン。あと2週間もすれば紫の花が
咲きだすでしょう、か。蕾の膨らみが大きくなって
いました。

春を待つこの時期、沈丁花も紫モクレンも、そして花粉症も恒例のもの。
そう思ってあきらめよう。

2013年2月24日日曜日

絶食後の6食(4~6)

回を重ねるごとに献立が充実してきました。
ボリューム感も一気にアップ。
ただ、生野菜、生魚、油っ気のあるものには最後までお目にかかれず。

4食目、21日昼食。
このボリュームには正直驚きました。
好物のシチュー、ポテト、ピクルス。
デザートにオレンジまで付いて。

5食目、21日夕食。
ようやく全粥になりました。
今までとは全然違って、ご飯の味がしました。
蒸し鶏、カボチャの煮つけがとても美味しかった。
味噌汁にはわずかばかりの具…。

6食目、22日退院日の朝食。
温野菜のサラダ。カリフラワーと
ニンジンが歯ごたえがあって美味しかった。
好物のゆで卵は最後に残して…。
しかし、ゆで過ぎ。こんなに固いゆで卵は最近
食べたことがありません。

絶食後の6食(1~3)

19食の絶食が終わり、20日の昼食から食事再開です。
100%流動食からスタートしました。

1食目、20日昼食。
ほとんど液状です。お粥はおもゆ。
味噌汁は具なし。唯一の固形物?はヨーグルト。
でも、久々の食事なので美味しくいただきました。

2食目、20日夕食。
3分粥。
すき焼き味の豆腐が美味しかった。
久々に梅干しの刺激・酸味を楽しめました。
 
3食目、21日朝食。
5分粥。
シャケを細かくほぐしてお粥にまぶして食べる。
ちょっとした知恵がついてきました。
バナナや牛乳がこんなに美味しかったとは…。
 


2013年2月20日水曜日

腸閉塞 治療体験

14日の緊急入院から7日目の今日、ようやく絶食終了。
昼食から流動食が始まりました。通算19食の絶食でした。
そして先ほど、点滴から開放されたところです。

酸素マスクをつけた状態で救急車で運ばれてきました。診察室?に入るなり、あっという間にパンツ一つにされ、いろんな計測・検査を次から次にされるがまま。血圧、脈拍、瞳孔、エコー検査、CT、血液検査、触診などなど。閉口したのは、同じことをそこにいる多くの人から聞かれること。手術歴は? 背中は痛くないか? 最近、生魚を食べたかという質問への応えには関心度が高かったように見えました。


 今日まで約1週間の治療ですが、振り返るとシンプルなアプローチだと実感しています。
膨張してブツブツに分断した小腸の内容物を吸い出し、小腸を空っぽにするのが一つ。
体内のあちこちに充満した良質・悪質のガスをすべて放出させるのが二つ。
お通じによって、上から下へのルートが正常に開通したことを確認するのが三つ。

治療のほとんどは一つ目の、内容物の吸い出しです。
イレウス管という管を鼻腔から小腸まで165cm(最後はさらに10cm延長)挿入する処置が、入院初日の夜、行われました。今回の治療でもっともきついものでした。

特に鼻腔の深い部分から喉にかけてイレウス管を通す間、痛くて痛くて…。人間ドックで胃カメラを挿入するときも同じルートなのに、比較にならないくらい痛みは半端じゃありません。何も大袈裟ではなく、もういいから止めてくれー。そう叫びたいくらい。

イレウス管が入ると、水分や空気、若干の固形物などの内容物がどんどん吸い出されてきます
。しかし数日間悩まされた副作用はきついものでした。鼻腔、喉の痛み。ダラダラ流れる鼻水。悲しくもないのにやたら涙もろくなる。そして激しい偏頭痛。症状を訴えて、鎮痛薬を点滴に追加してもらうこともしばしばでした。

しかし、最初それ程の違和感と痛みを強いられたイレウス管も、数日経過すると身体に馴染んできます。一方最後まで苦しんだのは就寝中の熱っぽさ。2時間に1回のトイレ(電解質や栄養分などの点滴が原因か?)で睡眠が分断されるのも一つの要因かもしれませんが。

19日の朝、造影検査をした上で、ようやくイレウス管から開放されました。造影検査も楽ではなく、管を抜き取るときも最後に激しい痛みがありましたが、これで楽になると思い我慢、我慢。

お通じ、ガス放出は、そんなに順調ではなく、焦る気持ちにすらなるくらいでした。しかし、造影検査後からは急変。順調な経過です。

今朝のレントゲンでは、全く問題なしとのコメント。
そして今日の昼食から流動食となり、点滴も外れ、明後日退院。

2013年2月17日日曜日

緊急入院

14日朝、救急車で運ばれてきました。

腸閉塞です。

今は鼻腔から小腸に管を通して、ボンレスハム状態に膨張しいくつもに分断された小腸から、水分や空気などを吸い出しているところです。

もう4日目になります。

その間、当然ながら絶食。水も限られています。

鼻腔、喉を通っている管の影響で、鼻水は出るわ、涙もろいわ、そしておまけに持病の偏頭痛は出るわ、散々。


13日の夕食前からお腹に異変を感じ始めたものの、風邪でもひきかけたんだろうぐらいに考えていました。ところが就寝後、痛みが強くなり何度寝がえりを打っても凌げません。お腹の中に固い異物が入り込んでいるような違和感。結局、よく眠れないまま、朝までそういう状況でした。

14日の朝、歯磨きのあと白く汚れた舌を掃除し始めたところ、吐き気をもよおし急遽トイレへ。指を使って何度か応急処置をしたものの結果は出ず。

その時、体調急変。

血圧が急降下しているのが自覚できたので、トイレの床に倒れこみながらカギを開けて助けを呼びました。倒れた直後、再度の吐き気。今度は何の処置も必要なしに一気に吐き出しました。その途端、息苦しくなり、倒れた状態のまま上半身を大きく揺さぶってようやく息をする状況でした。

それが3分か5分はあったでしょうか。
「もしかしたら、やばい」 そんな不安がなかったとは言いません。

その後は身動きできず、べたっと倒れこんだまま、救急車の到着を待っていました。
 その間、今まで経験したことのない多量の汗が、全身からどっと吹き出していました。

救急隊の計測では、血圧は何と60にまで下がっていました。

救急隊の皆さんのテキパキした判断、計測、動きには感心しました。人命救助の最前線で働く人に感謝の思いを新たにしました。

2013年2月10日日曜日

山中湖ロードレース

5月末の山中湖。
因縁のレースを復帰戦にします。

昨年はこの山中湖でハーフ最長記録を出してしまい、そして膝の調子がさらに悪くなったことから半月板手術に踏切るということになりました。いわば因縁のレースです。
その山中湖を復帰戦にすることに決めました。

6k過ぎからのアップダウン、17kの折返しに向かう道のりの長さ、ゴール地点に向かう最後の急坂。コースとしては面白いはずなのに今までの2回はいずれも大失敗。1回目は前日の飲み過ぎ。2回目はシューズ選択のミスと膝。

3度目の正直?
或いは2度あることは3度ある?


オリーブの木。東京千代田区とイスラエルの
交流〇周年の記念に植樹されたそうです。

今日は天候が穏やかで、ちょっとした用事もあったので、湾岸エリアに向かって走ることにしました。途中、観光客や買物客でにぎわうエリアを抜けるのに苦労しましたが、気持ちのいいジョグになりました。信号待ちは4,5回だったでしょうか。でもガーミンを使っているとそんなことは気になりません。距離と時間、信号待ちは一時停止にして正確に計ることができるから。

走り終えると汗びっしょり。

5月に21k走れるか。
それはまだまだ不安。
でも今日の感触は、イ・ケ・ル ということでしょうか。


映画「苦役列車」を観ました、例の飯田橋の名画館で。
「文春」で読んだ印象と変わりませんでした、何がいいんだろう、と。

2013年2月6日水曜日

大雪予報


江の島、神社の境内で人馴れしたリスが
遊んでいました

「明日は大雪」ということでした。
今朝になって外をながめると、小雨。そして徐々にみぞれへ変わるところ。
1月の大雪以上の可能性もあるということだったけど、ほんとにそうなんだろうか。
前回の予報がはずれて予想以上の積雪となり、あちこちから「予報を確認して外出したのに…」という非難の声があがった反動で、「明日は大雪」と予報しているような気がします。

降雪と積雪。
こんな言葉が今回は使い分けされています。
降る雪と積もる雪。
私たちにとって降る雪はどうでもよく、積もる雪がもっとも気になるはずなのに。
そもそも10cmの雪が降りますと言われてもピンときません。

大雪情報を前に雪道対策としてタイヤチェーンを買いに行きました。
タイヤのサイズをディーラーに電話確認したり、取り外しの説明を受けたり、品物の検討をしたり。しかしながら適合するチェーンがないということと、ディーラーからの「雪の時は車を我慢するのがいいです」という一言から、購入を断念。10年以上前は4WDにチェーンを装着して、雪道をざくざく走っていたのに・・・。当時のチェーンから比べると随分進化しています。使ってみたかった。ちょっと残念。

そんなことで、諏訪湖の御神渡り(おみわたり)を観に行く予定を急きょ変更。江の島へ好物のシラスと桜エビの丼を食べに行きました。(現在諏訪湖の結氷面積は小さくなっており、次の御神渡りは来週以降に期待)

2013年1月29日火曜日

今年の花粉症対策

数日前から生トマトは食べないことにしました。

花粉症に良くない、症状をやわらげるどころか強くする、というTV情報を得たからです。加工したものは問題ないようですが、サラダがすっかり殺風景になりました。
今年の花粉は昨年の5~7倍になるそうです。これは花粉症患者にとっては恐怖。ちょっとでもいい、あるいは悪いと言われることに敏感に反応します。因みにいいと言われるのは納豆、ヨーグルト、緑茶、甜茶など。

症状がいつから出てくるのか戦々恐々。



週末はシニアの4人で東伊豆へ。
プレイ前日は風が強く、冷たく、寒い、つらいコンディションでしたが、本番の日曜はとてもとても穏やか。空気は冷たいものの、ほぼ無風。大島の向こうからの日の出がバッチリでした。

もしかしてこれが私の初日の出、か。

日の出前から直後までの空の色は一色ではない、いろんな色で構成されて神秘的な魅力を感じます。

そしてプレイは見事というしかない “大波” でした。
それにしても同行のシニアメンバーはお元気でした。

先日読了した高野薫の「冷血」。背筋が冷たくなるような、かつ重たーい内容の本でした。もしかしたら評価の分かれる作品かもしれません。“本屋大賞”にはノミネートされてるようですが・・・。今日からは、ちょっと古いですが、北方謙三「波王の秋(とき)」、佐藤賢一「王妃の離婚」に入ります。

2013年1月20日日曜日

大雪取材

雪道を軽快に走る外国人ランナー

3連休最終日は大雪でした。
夕方、出先からノーマルタイヤを転がして帰宅途中、道端に乗り捨てられた車、坂道でスタックする車、スローモーションのようにスリップする車。それらを目の当たりにすると、自ずとハンドルを持つ手が緊張します。
ようやく自宅に到着したものの、駐車場の入口でいったん停車したあと発進しようとするとスタック。バックしたり、ローギアにしたり、いろいろ試みてようやくクリア。

向こうに見えるのは皇居・乾門
翌朝はカメラを手に大雪の朝を取材。
雪の重みで折れた枝があちこちに散乱。坂道の遊歩道は立入禁止。ラジオ体操会場は一面真っ白。朝日が眩しい光景のなか、私と同じようなカメラマンが数人。

いつもと変わらないのは、早朝ランナーの姿です。

その後まかれた融雪剤のおかげで、2日後には5kのジョギングコースのうち4kはスリップを心配することなく走れるようになりました。

風邪で体調不良につき、これにて。

2013年1月8日火曜日

ツタンカーメン展


ツタンカーメンの棺形カノポス容器(部分)




40数年ぶりのツタンカーメン展。

前回とは違って展示品の数が圧倒的に多い、年齢を重ねた目で見ると感じ方が違う、そんなことをTVアナが言ってましたがまったくその通り。

副葬品、棺、装飾品、家具、すべてのものの精密な作り、色の鮮やかさ、特にブルーの美しさ、原型をそのまま留めている不思議。3千3百年前の世界が目の前に繰り広げられ、当時の王家の権力と文化に圧倒されっぱなし。


あのナポレオンも発掘に関心を示していたということ。多くの人たちの、長年の発掘への執念がようやく実っての快挙。5千数百点の大小さまざまな宝物を掘り出す作業は、途方もない時間と神経と執念、そして人数が必要だったと思うと、かかわった数多の人たちにも敬意を表したい。

開催当初から話題を集めていましたが、5ヵ月を経過した平日でも7~8百人の行列ができていました。幸い風がなく、気温も9度と穏やかな日だったので昨日はラッキーでした。

それにしても、日本人の知的?好奇心はすごい。(中にはマナーの悪い人もいましたが…)

4日に出かけた浅草寺の初詣も大変な人出でした。人混みは嫌いな方ですが、たまにその中に入ると元気をもらうものです。

会場出口にはエジプト旅行のパンフが設置されていました。当然の営業手法です。私もその気持ちになりましたし。次の海外はアンコールワットをイメージしてましたが、エジプトに切り替えます。

2013年1月4日金曜日

走り初め、初ラジオ体操

昨日の走り初めは気持ちのいいものでした。

娘家族からのプレゼント、Garminを装着して1kごとのラップを見ながらの走り。
ペース走がとてもやりやすくなります。
結果は、10kが手術前のタイムにかなり近づきました。

Garmin効果と、年末の沖縄のホテルでランニングに励んだこと。ホテルのジムでのランニングでは、思い切ってスピードを上げ身体をいじめたのが良かったようです。1月中旬には15kを走れる状態に持っていきます。

沖縄で読み込んだ本、百田尚樹の「錨を上げよ(下)」。

実は2年ほど前に(上)を読み、そのうち続きを読もうと気になっていたものです。(上)では作者の半生記なのだろうと推測しましたが、(下)になるとあまりにも破天荒、波瀾万丈な展開が続くのでフィクションなんでしょう。軽快なタッチの読み物でした。600ページを超える分厚さですがその長さは苦になりません。

さてさて今日は初ラジオ体操、先ほど帰ったばかりです。

冬至を過ぎてしばらくたつのに未だに薄暗い。そして放射冷却のため冷え込みが強い。風もある。そんな中、集まったシニアはようやく20人。

これまでで一番少ない参加者数でした。

2013年1月3日木曜日

2013年、穏やかな年明け

ホテルロビーに飾りつけてあった
大きな門松

年末からの沖縄を切り上げて、元日の夜帰宅しました。

10度以上の気温差に身体がびっくり。でも、街の風景を見ながら運転していると、人通りも少なく穏やかな年明けの様子。

2日目は恒例のTV箱根。怪物が抜けた今年も東洋の制覇かと思われましたが、美味しいお酒を飲んでひと眠りして目が覚めると、5区の大詰めで想定外の状況になっていました。さらに驚いたのは5区でリタイヤが2校も出たこと。原因は脱水と低体温症ということのようです。

強風の中でのサバイバル、混戦、乱戦のレース展開になっています。

やはり5区を制する力がなければ優勝は厳しい。さて、もうすぐスタートする復路はどういうシナリオになるのやら、目が離せません。

自身の走り初めは復路ゴール後、初ラジオ体操は明日からとします。

昨日3時ごろから、昨年に続いて靖国に初詣に出かけましたが、長蛇の列。でも浅草寺ほどではないので、順番は30分もかからずまわってきました。2礼2拍1礼。前の女性が異常に長い。お参りすることがたくさんあり過ぎるとご利益はないよ、と呟きたくなるくらい。

宝くじは最低でした。どうも宝くじはむいてないみたい。
しばらくは購入を控えるぞー! 今年初めての意思決定、なんと夢のない。