2012年3月31日土曜日

プランバナンへ

ボロブドゥールからプランバナンへ。
車で1時間半の移動です。

プランバナンはヒンドゥー教の寺院群。寺院といってもまったく印象が異なります。石造塔型の寺院、それが6つそびえ立ってます。

ボロブドゥールにやや遅れて9世紀後半から10世紀前半に建立されましたが、当時は200以上の寺院が5k四方に点在していたといいます。どれだけの迫力だったか、想像できません。

1549年の地震でほとんどが崩壊しましたが、1930年代から再建が始まり、いまはその途中…。2006年の大震災でこの地、ジョグジャカルタでは5千人以上の犠牲者をだしています。そのときにもいくつもの塔が崩れ落ち、大半ががれきのまま残されています。


修復ができて再建されたものは少なく、ほんのわずか、6つのみが名残をとどめているようなものですが、それでも圧倒されます。因みに再建には、日本から専門家を招き、技術的支援を受けているとのこと。

ただ、世界遺産に登録されたために再建には条件がつきました。70%以上原型ママの復元ができなければ再建はできないという。

2012年3月25日日曜日

ボロブドゥールの仏塔へ



高さのある中央の石段を踏み上っていくと・・・
 
先週、約1年ぶりのジャカルタへ。

今回は世界遺産・ボロブドゥールの仏塔を訪ねることが第1の目的でした。ラーマーヤナ、マハーバーラタ、アンコールワット、そしてボロブドゥール。世界史の勉強ではこの4つがひと塊になって記憶されています。

インドネシアの宗教はヒンズー教→仏教→イスラム教、最後にキリスト教が上陸して布教されてきた歴史があるようです。イスラム教が89% その他はマイノリティです。そのマイノリティのひとつ、仏教の遺跡がボロブドゥールです。


上にはストゥーパと言われる仏塔が
並んでいた

8世紀から9世紀にかけて建立されたのに約1千年、人の目に触れることがありませんでした。その理由は火山灰に埋もれていたというのと、イスラム教徒による破壊を避けるため仏教徒によって土中に埋められたという2つの説があるようです。いずれにしても1千年の時を経て、イギリス人によって発見・発掘されたという事実に驚きと感動を覚えます。


このところインドネシアは急速に注目度が上がっています。先日読んだ経済誌にも大きく取りあげられていました。そして指摘されていたのがまさしく今回の旅で強く実感したこと、インフラの問題です。空港施設、高速道路、自動車道路、鉄道などの輸送インフラの未整備状況。便数、台数、乗客数、そして急速な経済発展にインフラが追いつけない実態。あと2年で飽和状態になりもたなくなると筆者は指摘しています。

ジャカルタ空港から市内への高速道路は大混雑で到着時刻が読めません。パトカーによる先導が金を出せば頼めるという話もあります。こんなことは日本ではあり得ません。ジャカルタからジョグジャカルタへの飛行は1時間20分遅れ、帰りも50分遅れ。それに対してとくにクレームも出ず、静かに案内を待つ乗客たち。混雑を避ける乗り物として街を埋めつくすバイク。中国では自転車が道路を占有する時期がありましたが、ここではホンダ、ヤマハの大行列です。

さて、1年後はどういう発展を見せてくれるでしょうか。楽しみな国です。

ジョグ再開、しかし…


昨日のゴルフは河口湖。
高速出口を出た瞬間、目の前に真っ白な雪をたたえた富士が視界に飛び込んできました。こんなに間近でその雄姿を拝むのは随分久しぶりのこと。

途中でセーターを脱ぐくらいの天候に恵まれ、相変わらずのバカ話をしつつのプレイでした。数日前に南国から帰国したばかり。その疲れもあってか大変な結果になりましたが、楽しいゴルフでした。


帰宅後、医者から2週間前に解禁通知を受けていたジョグへ。

1ヵ月半の空白、リハビリ期間を経ての再開なので慎重に慎重に。走る人みんなに抜かれるぐらいのソロリペースで走り出しました。途中3回、歩きを入れたほとんどリハビリの走りで、ようやく出発点に到着。

さー、この結果が膝にどうでるか、不安を抱えていたところ徐々に痛みが出てきました。

そして今、その状況は厳しい。良くありません。

4月の霞ヶ浦(フル)はとっくに諦めていましたが、5月の山中湖(ハーフ)も黄色信号に…。とりあえず、リハビリ筋トレを継続するしか。

2012年3月15日木曜日

無題

12日、マラソンのオリンピック出場選手が決まりました。
選考レースがいくつもあるので、毎回のように問題を残しています。今回は世界陸上で上位に入った選手をどう評価するのか、それがはっきりしないがために、国内選考レースに無理して出場、そして失敗、結果補欠へ、ということになりました。男女とも。

そして早い時期のレースで1度走り、もし失敗したら最終で挽回を期す。この手法が一般化しています。再チャレンジの機会があっていいようにも思えますが、体力的には過酷です。もし選ばれたとしても本番への影響は少なくないでしょう。

まー、とにかく。残念だったのは野口選手が選ばれなかったことです。小柄な身体から繰り出す大きなストライド。抜群の切り替えとグイグイ進む力強さ。選手としての復活は成し遂げたと喜んでいますが、オリンピックでもう1度走ってほしかった。


3.11追悼。1年が過ぎました。あっという間に。政府主催の追悼式のTV中継を見ながら、黙祷。1分間、いろんなことが瞼の裏で駆け巡りました。そして夕方、会場へ出向いて献花。国立劇場の舞台に上がり、手を合わせて「悔しかったでしょう。つらかったでしょう。…安らかにお眠りください」と。

がれきの処理が一向に進んでいない、という事実。受入れに対する拒否反応がこんなにも根強いとは。地方自治ではなく国政として決めて動かないと、これから半年たとうが1年たとうが何も変わりません。そして復興に手がつかないまま時間だけが過ぎていきます。どうしようもない日本の現実。

しかしこの数日、風向きが変わってきているようです。あちこちの自治体から受入れの手が上がっているという報道があります。当然の流れ。絆とか、がんばれ東北とか言いながらがれきの受入れもままならない国なのか。なかば憤りの感情も出てきたころなので、新しい風向きにはほっとしています。

そして、いつ故郷の町が手を上げてくれるのか、心待ちにしています。

2012年3月10日土曜日

ジョグ解禁

眼下に見える芦ノ湖

昨日は1ヵ月後の経過診察。

変形性膝関節症と診断を受けたのが1ヵ月前でした。
その後、理学療法士に教えられたリハビリ筋トレを続けてきました。3種類を1日3セットが目標ですが、平均すると2セットぐらいにはなったでしょう。途中から創作を織り込んで。

3種類の1つ。仰向けに寝て膝を立て、膝の間にクッションをはさんで強く締める。5秒間強く締めて休憩2秒、これを20回繰り返すのが教えられたやり方です。それに次のようなアレンジをしました。

締めつけた状態のときに腰を上にぐっと上げる。つまりブリッジのような形にする、というのが創作その1です。腹筋、背筋にもきくと思います。次に腰をおろして元の状態にし、膝を締めつけたまま右、左に倒す。結果的に腰を大きくひねることになり、腸の体操になります。これが創作その2。

最後に創作その3です。床にすわって右足を前に伸ばし、痛めた左足を正座のときの状態にする。そのとき上半身を後ろに軽くそらせる。膝関節をぐぐっと上下に引っ張ることになり、痛みが出ます。しかし、軟骨部分を広げ可動範囲を拡大することになります。ちょっと痛みを伴いますが。


昨日の診察は3分で済みました。

医者には「ジョギング、始めてみましょうか。まずは3、4kから。痛みが出たらすぐに止めてください」という解禁診断がくだされました。

さっそく今日、土曜日からジョギング再スタート!と意気込んでいましたが、外は雪。3日前から花粉で目をやられ、そして外は寒い雪…。

2012年3月5日月曜日

マラソンは難しい


うっすらとした雪をバックに、
地獄温泉の熱煙が舞い上がる大涌谷

週末の箱根は天気不良。
雨は降らなかったものの富士を拝めず、残念。
やはり箱根には芦ノ湖と富士がないと盛り上がりません、気持ち的に。

ロープウェイで大涌谷へ。
歩いていると外国語がどんどん耳に入ってきます。中国語、英語、ロシア語、ベトナム語、??語。およそ5ヵ国語は聞こえていました。さすが箱根です。


帰宅後、録画していた琵琶湖マラソンを時差観戦。
本命堀端選手が快調に飛ばし悠々の日本人トップ。意外にも青学の出岐君がかなり頑張ってる。このまま行くと「大学生・初マラソン・オリンピック出場」の新聞記事も現実になる…、と勝手に先を読んでいると、やはり後ろからスタスタスタと後半に強い中本選手が来ました。

彼の走りは後半に強いことで定評があります。そして失敗レースがないことも。こうなると下馬評通り、堀端1位・中本2位の本命コンビでロンドンか…。しかし、中本選手がトップに立つと堀端選手はずるずると遅れ、2位から3位、3位から4位へと後退していきます。

練習量十分、体調十分、実力No.1と言われた選手でもオリンピックの重圧に負けたか。いろいろ考えているうちに、知らない選手がどんどん追い上げて来ています。えー、えー、そんなことってあるの~。

最後の最後にトップになったのは、私にとっては予想外の山本選手でした。こんなにトップが入れ替わるレースは見たことありません。

勝負は下駄を履くまで分からない。だから最後まであきらめてはいけない、最後まで油断してはならない、そんなドラマチックなマラソン。
マラソンは難しい競技です。

2012年3月3日土曜日

きれいなピンクの腸内

いつの間にかスルスルッと入り、カメラがぐんぐん進んでいます。
昨日の大腸癌検診の内視鏡検査はそんな感じでスタートしました。

みごとなピンク、エリアによっては若干赤みががったピンク。きれいな壁面です。前回は数か所、赤痣(あざ)のようなポリープが見つかり、切除して生体検査ということがありましたが、今回は無事通過。やや盛り上がってはいるものの、色はまわりと同じというポリープもどきはいくつかありましたが。「これはポリープとは言えない段階です」との医師コメントにほっとします。

これまでも指摘されてきた、所々にある洞窟のようなスペース、“ケイシツ”の存在。

とくに問題があるということではない、しかし炎症とか生じたときに、自分には“ケイシツ”が右わき腹にあるということを知っていると対処しやすい、ということ。

“ケイシツ”ってどう書きますか? 答えが聴き取れなかったので、あとで調べると「憩室」でした。なんとなく意味が分かるような漢字です。

検査手法でこれまでと違ったこと。
看護師の女性が医師の指示にしたがって、2回ほど下腹部をグッと押さえます。それも指圧のように体重をしっかりかけて。ちょうどそのとき、「痛みはないですか」と声をかけられたので、「痛くはないですが、押さえつけがきついです」と返しました。


胃カメラ内視鏡の医師にはなかった「医師と患者のコミュニケーション」。痛みを和らげる最高の技術といえます

気になる課題は心電図の再検査です。3月中は厳しそうなので、4月の予約になるでしょう。

2012年3月1日木曜日

もう1年たつというのに

2月最終日に降ったべちゃっと雪
今朝も強い地震がありました。
このところ、毎日のように揺れがきています。

今朝は震源地近く、それも原発がある東海村では震度5弱。こちらは震度3、不気味な揺れ方です。いろんな揺れのパターンがあるような気がしますが、今朝の揺れは不気味という表現がぴったりでした。

しかも驚いたことに、これも3.11の余震だとか。
もう1年がたとうとしているのに。

巨大地震が再び起こる確率の話、ときどき耳にします。どういうことかよく分かりません。でも確率が高いということは数年内に大きな揺れがくる、逃れられない事実なのでしょう。かといって、どうしようもありません。

我が家の食器は、いまだに床のプラスティックケースから出し入れしています。あのとき食器棚から多くの食器類が落ち、粉々になりました。箪笥の上段はひっくり返り、ベッドに倒れていました。
この1年、地震に慣れ、震度4でも驚かなくなりました。でも怖い。


膝のリハビリ筋トレは開始から3週間が経過しました。どの程度の効果につながっているのか、さっぱり分かりません。この期間、ジョギングを完全に休止しているため痛みそのものは大分消えています。それが筋トレの効果もあるのか…。

先日の東京マラソンはTV観戦。羨ましい。早く走れるようになりたい。そんな気持ちで藤原新、無職のランナーを応援しました。よくやってくれました。公務員は丸坊主、おもしろいキャラです。

さて明日は大腸ガン検査。
また長ーい異物が体内に入る。

ううっ。