2012年6月27日水曜日

断酒

今日で手術から1週間。

手術直後の包帯、太もものあたりまで
今は膝の上下各15cmぐらいに
退院の日に「アルコールは大丈夫ですか」と遠慮がちに医者に確認したところ、「飲みすぎない程度であれば」という嬉しい返事。
しかしその後すぐに、「数日はやめた方がいいですね、出血するおそれがありますから」。

このご忠告をしっかり守って、昨日の夜まで断酒決行。

お酒を飲みだして数10年経過していますが、1週間!もの長期にわたって断酒するなんて初めてのことです。休肝日という言葉は耳にするけど、一度として実践したことがない。

土曜日は“ジョギング仲間の懇親会”
まわりがだんだん酔っ払っていくと、彼らが話していることに関心が薄れていき傍観者なっていく自分。会話は何度となく堂々巡り。時間の経過が遅く、手持ち無沙汰の3時間でした。

そして“晩酌のない食事”
いつもは最初に食べ始め最後に食べ終わるパターンなのに…。お酒がないとあっという間にごちそうさま。なんとつまらない。1日を締めくくる、という感じには到底なりません。

お酒はやっぱり重要な役割を持ってるんだな~。

そしてようやく、昨日は久々のビール。しかし初日だから350だけです。待ちに待った解禁日なのにそんなに美味しいという感動がない。なんで?? 量を抑えなきゃという意識が強いからでしょうか。


さて術後の経過は順調です。
最初の3、4日は寝返りを打つとき痛い膝を持ち上げて「よいしょっと」と動くので必ず目が覚めてましたが、今では寝返りにそれほどの支障はありません。安眠できます。歩くときの前後の動きには痛みを感じなくなりました。普通にゆっくり歩けば大丈夫です。ただ角を曲がるとき足をひねることになりますが、そのときは・・・・。

分厚く巻かれた包帯の中がかゆくなる、湯船につかれない、階段を避けるので遠回りになる、そんな不自由はありますがしばらくは我慢するしかありません。真夏じゃなくてホント良かった。

2012年6月20日水曜日

半月板一部切除

酸素マスク、点滴、血圧計
意識は朦朧としています
関節鏡による半月板の一部切除という施術でした。

恐れていた全身麻酔からの無事帰還もなり、4時間後には歩行訓練を病室でしています。

左足内側の半月板の一部がちぎれた状態になってまわりに刺激を与えていた。これが膝の痛みを起こしていたようです。「不能状態」になった部分を切除し、半月が三日月状になりました。

これで半月板損傷を原因とした痛みはなくなるはず。(という医者の説明でした)。

残るは軟骨が原因の痛みです。

これは施術でどうなるというものではありません。周囲の筋力をつけて周りでカバーするしかないようです。退院後は以前教えてもらったリハビリ3パターンを地道に続けることになるでしょう。


今回の入院・手術をフェイスブックで報告したところ、多くの「お友達」から激励のメッセージをたくさんいただきました。とても励みになりました。FB登録からまだ1ヵ月ほどの新人ですが、こういう使い方があるというのを発見。新たなコミュニケーション手法です、実感。また何かの機会に、速報で状況をアップしていくことにします。

退院は明日、歩いて退院できるそうですが、ジョギング再開は3ヵ月後と言われています。
ストレスがたまりそう、です。


2012年6月19日火曜日

はじめてのお遣い

近くの豆腐屋さんに厚揚げを買いに。
父が好きだった鯨の刺身を買いに魚屋さんへ。

そのどちらかが初体験かもしれません。

緊張しながら店にとぼとぼ歩いて行ったことはしっかり覚えています。


さて今日は、はじめての入院です。

手術は2回目、全身麻酔は3回目。でも入院ははじめて。手術・全身麻酔・入院のハットトリックです。

この10日間、膝の痛みが微妙でした。

普通の生活ではほとんど痛みを感じない、ちょっと長めに歩くと違和感を感じる程度。これじゃまずい。痛いところはしっかり痛い状態にしておかないと、手術のときにちゃんと説明できない。(この考え、まわりの人には理解できないようでした)。

そう思って長めに歩いたり、無理してジョギングしたり。
すると、やはり痛みがはっきりしてきます。でも山中湖のあとのつらい1週間の状態とは違う。

もしかして筋力が少し強化された? 
半月板が正常な状態に戻りつつある? 
よく分かりません。

いずれにしても、またその内悪化することは目に見えているので、予定通り入院・手術を決行します。このあと散歩+ジョギングを軽くやって調子を確かめ、そして病院へ。

はじめてのお遣いのように緊張するかな。

2012年6月12日火曜日

入梅


今年もいつものように梅雨入りしました。
梅が熟するころに雨季に入ることから入梅というそうです。

地元では神輿の練り歩きが土日とありましたが、土曜日は冷たい雨が降る中、ポンチョを被った担ぎ手がのろのろと寒そうに歩いていました。翌日は打って変わった晴天。やや蒸し暑さを感じるくらいです。元気の良い掛け声が、通りの建物に反響しながら過ぎていきました。

雨の土曜日は同年代4人でのゴルフの予定でしたが、前日の雨予報の段階から中止決定。急遽「マージャン+飲み会」に企画変更です。

雨でも中止はない、ゴルフは自然界のスポーツだから。

ずーっとこういう考えでいたのに、いつの頃からか小降りじゃなければ「雨ゴルフ」はあり得なくなりました。歳をかさねた身体のことを考えてのことでしょう。以前からは想像もできません。台風接近中ですらクローズしない限りはプレイしていたのですから。

これもひとつの加齢現象なのでしょうか。

マージャンしながら外を見やると、途切れのない雨。中止で良かった。


尖閣購入への寄付が11億円を超えたようです。

日々どんどん積みあがります。

それを背景に都知事はいつも以上に雄弁に、身振り手振りを交えて喋っています。
国の対応の鈍さ、中国大使の意味不明発言に対する激昂。(大使更迭はなぜしないのでしょう)。

政治家は冷静さが必要なときと感情をあらわにして激しくなるべきとがある。そういうパフォーマンスの使い分けが、この人には誰よりも備わっている。つくづくそう思います。(ときに首を傾げるときもありますが…)。

そういえば、東京マラソン開催もこの人の大英断でした。東京オリンピック招致はどうなるでしょう。個人的には是非とも実現して欲しいですが。

2012年6月5日火曜日

半月板損傷

手術へ。入院へ。今日の結論です。

より良いコンディションでこれからも走りたい。
山中湖ハーフで、ゴール後に強く思ったことです。

そのためには完治は無理でも専門医が勧める手術を受けよう。
その意思をもっての1ヵ月ぶりの通院でした。

そして、「いかがですか」「大して変わりません」「手術するしかないですね」「はい、今日はその覚悟で来ました」、淡々とした会話で結論となり、入院スケジュールの調整に入りました。

その合間に、「10日ほど前に20k走ったんですが」「痛みはでましたか」「えー、10kぐらいで」「それで?」「最後までなんとか」「えー?」「いやー、大会なんで」。痛みが出たのになんで走るんだろう、この人は。そんな疑念をもたれた会話でした。

心電図の再検査を控えていることも伝えましたが、
「マラソンを走ったんだから大丈夫でしょう」と楽観的な判断で、
再検査結果を待たずに手術と相成りました。

「手術では半月板をさわるけど磨り減った軟骨はそのままです。だから完治するわけではありません」という再度の念押しで診察終了。

その後入院前の検査が 胸部レントゲン、心電図、血液、尿。
心電図でドックと同じ結果がでたらどうするんだろう…。

入院準備の説明を他の医師から受けましたが、ひとつ驚くことがありました。
“T字帯”というものが準備物にあることです。

「それってなんですか?」「長い紐に細長いさらし布がついてる、つまりフンドシですね」「えー?」「下着を全部とってフンドシに着替えることになります」。
女性だから、…理由は聞けない。察するに汚れがあり得るということか。全身麻酔だそうだし。

あー、はじめての入院、初めての手術。
さてどうなることやら。

2週間後の話です。