2011年4月27日水曜日

誤解であってほしい

東シナ海
ホテルの教会では次から次へと挙式が執り行われています。遠く遠く離れて余震も原発も心配がないことにほっとします。同じ国内なのにこれでいいのか、そんな気持ちにもなります。しかし、これが日常なのです。平穏であること、波の音がうるさいと思えることがなんと平和なのか。



業績は良くありません。
首都圏のホテルの稼働率が50%という数字が象徴しています。情報開示政策の誤りも実態に誤解を招いています。その状態を糺す気持ちをこめて次のようなメッセージを発信することにしました。


3.11から1ヶ月半が経過しました。東日本が未曾有の災害に見舞われ、海外の皆様には大変なご心配をおかけしていることと存じます。被災地の状況、原発事故の実態も詳らかになり、復旧に追われる数週間が経過しています。原発事故に関しては、情報開示に問題を残したために海外メディアの混乱を招き、事実以上の被害イメージが広がることになったようです。その結果、********などにつながっているのは大変残念なことです。なぜなら、東京はもとより首都圏、名古屋・京都・大阪などの主要都市におきましては、3.11以前の経済活動が何一つ変わらず行われており、*****に何の支障もきたしていないからです。正しい情報発信ができていなかったばっかりに、海外の皆様に誤解が生じているのではと思い、このようなメッセージを発信させていただきました。
最後になりましたが、復興への激励、ご支援を海外の多くの皆様からいただきましたことに、心より御礼申し上げます。


As you know, a natural disaster of an unprecedented scale struck eastern Japan on March 11. This has caused great concern among people not only in Japan but also overseas. Japan has received great support and encouragement from people around the world as we move toward reconstruction, and I would like to express my appreciation for the great outpouring of assistance.

More than six weeks have passed since 3/11. A detailed assessment of the state of the area hit by the natural disasters as well as the situation of the nuclear power accident has been made in recent weeks, and Japan has set to recovery work.

In the early days, however, information disclosure regarding the nuclear accident was unclear, and this caused confusion among the international media which in turn led to the creation and spread overseas of the impression that the situation is worse than it in fact is.

As a result, some conferences have been postponed or relocated to venues overseas. This is indeed a shame because economic life in Japan’s key conference host cities, such as Tokyo, Yokohama, Nagoya, Kyoto, and Osaka, remains unchanged from before 3/11. There is nothing occurring in these cities that would interfere in any way with the holding of a conference or other event.

My sense is that misunderstanding has spread overseas simply because of the lack of correct information. In writing this message, I hope to clear up that misunderstanding.
(translated by pro.)


2011年4月24日日曜日

ツイッターで闘う、詩の礫。

高台から美ら海方向を望む
波の音が聞こえます。
数か月ぶりに沖縄に来ました。天気は上々。昨日は朝からの雨で、今回も雨の沖縄になるのかなとあきらめていましたが、お昼にはすっかりあがりました。しばらく部屋でのんびりした後、ジョギングにでました。以前にも走ったことのあるお気に入りのコースです。海沿いの国道を10キロ弱走って折り返します。途中、ランナーは一人も見かけません。東シナ海の穏やかな光景を見つつ、非常にゆったりした気持ちでジョギングを楽しむことができました。




詩の礫(つぶて)。http://twitter.com/#!/wago2828

震災以来、ツイッターに投稿している詩人がいます。
中原中也賞を受賞し福島の高校教師でもある詩人、和合亮一。たった140文字の制限された文字数のなかで、震災、原発と格闘するメッセージを一連の詩に表現。フォロアーから始まり地元地方紙、地元ラジオ、各地の新聞、ラジオ、テレビ、雑誌、そしていくつかのイベントでも紹介されているので、多くの人が知るところとなっています。話題になり始めたころ、あるメールで彼の詩に触れ、釘付けになりました。短いけれども詩が発するパワーが強烈です。
20キロ圏内が警戒区域に指定されたことに対して、そこに故郷がある人はどんな気持ちで向き合っているのか。この数日のツイッター投稿を転載します。



午前零時よ、来るな。4/21 詩ノ黙礼
午前零時が、来た。4/22 詩ノ黙礼
午前零時より、第一原子力発電所、20キロ圏内。立ち入り禁止警戒区域指定。踏み 出せない一歩の足の裏に、たんぽぽの花は咲いていたはずである。
午前零時より、第一原子力発電所、20キロ圏内。立ち入り禁止警戒区域指定。踏み出せない一歩の足の裏は、破かれていない地図の上を歩いたはずだ。
午前零時より、第一原子力発電所、20キロ圏内。立ち入り禁止警戒区域指定。踏み出せない一歩の足の裏が、静かに足音の楽しさと軽やかさとを奏でたはずだ。
午前零時より、第一原子力発電所、20キロ圏内。立ち入り禁止警戒区域指定。もう踏み出せない一歩の足の裏、足の裏。
午前零時より、第一原子力発電所、20キロ圏内。立ち入り禁止警戒区域指定。踏み出せない一歩の足の裏が、あなたの故郷を歩いている。
午前零時より、第一原子力発電所、20キロ圏内。立ち入り禁止警戒区域指定。踏み出せない一歩の足の裏が、あなたの美しい思い出を渡り、豊かな祖国を追っている。
午前零時より、第一原子力発電所、20キロ圏内。立ち入り禁止警戒区域指定。踏み出せない一歩の足の裏に、身を捨てるほどの祖国はあるか。マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや(寺山修司)
午前零時より、第一原子力発電所、20キロ圏内。立ち入り禁止警戒区域指定。踏み出せない一歩の足の裏は、シロナガス鯨の肝臓を歩く。
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2011年4月22日金曜日

盛り上がれ、九州新幹線

九州新幹線、全線開通。
今朝、あるTV番組で九州新幹線のCMのことが話題になっていました。震災2日後に全線開通した九州新幹線。開通を祝うTVCMが用意されていたにもかかわらず、放映されたのはたったの2日だけ。その映像がいま話題になっているというのです。YOUTUBEでアップされたCMには80万以上のアクセスがあるそうです。被災地、福島の視聴者からも「元気をもらった」という感想が寄せられています。http://www.youtube.com/watch?v=UNbJzCFgjnU



それはどうして? 


震災後、「頑張れニッポン、頑張れ東北、日本はひとつ。」 …こういったメッセージが盛んに流れていますが、そのコンセプトにこのCMがぴったり合っているからなのです。

CMは鹿児島中央駅から博多駅までの沿線で、サポーターによるウェーブを起こしてそれを映像化したものです。九州7県をレインボーカラーに摸して、各サポーターが思い思いに七色をまとってパフォーマンスを繰り広げています。サポーターは1万5千人にも及び、個人、カップル、家族、グループ、それぞれがいろんな個性を発揮したパフォーマンスの映像が楽しめます。

メッセージは「九州はひとつ、九州の元気をニッポン全国へ」。いま日本人一人ひとりが求めていることにぴったりです。数時間の映像を180秒に編集したものがその番組で流れましたが、訴えるものを感じます。ジーンときます。シンプルなコンセプトだからこそ、多くの賛同者(サポーター)が得られ、訴える力も出てくる。


九州だけでなく新青森までつないだ企画にしてはどうか、
1時間程度のDVDにしても見応えがあるはずだ、
といったコメンテーターの発言にまったく同意、です。

盛り上がれ!! 九州から。

2011年4月19日火曜日

現場で起こっていること



にら が届きました。
生産者からのメッセージとは別に、奥様からにら料理のレシピが手書きで添えられていました。にら玉、餃子、さっそくいただきました。にら玉はしゃきしゃき感に驚きました。餃子はとても贅沢な“にら餃子”に仕上がっています。とっても美味しくいただきました。
ネット販売商品のメニューがどんどん増えています。仕入先農家の開拓が順調なのでしょう。こちらとしては嬉しいことです。もうすぐミニトマトが届く予定です。そして大好きなアスパラは次の注文リストに入れます。

福島をどんどん食べて福島を応援します。



(福島原発の現場で非常勤産業医として健康管理を支援した人からのメールです。一部無断で転載します。)


湖面に浮かぶ花弁とボート
第2原発も震災当初から不眠不休で皆がんばっています。確かに東電は原発事故の当事者であり、広範囲の放射能汚染の加害者ですが、そこで働く所員の多くも自宅、家族を失ったり、自宅が避難指示区域にあったりする被災者です。10日以上、震災から1度も戻れず、家族の安否も電話がつながらずに確認できないまま、電気が供給されない原発で命を張って事態収拾に努めた方々です。その中には九死に一生を得た方々もいます。しかし避難所では露骨な批判を浴び、風呂も入れない状態で通常勤務以上のストレスの高い激務をこなしています。これまでは、急性期でしたがこれからは慢性のストレス状態が続きます。

17日に長期ビジョンが東電から示されましたが、フェーズが変わったことから震災当初から激務をこなした所員に長期休暇をとらすことや、復旧を進める所長以外に長期ビジョン担当の所長を現地に常駐させることが適切と思います。
いまや1企業が事態収拾する事態ではありません。東電をはじめ、ALL JAPANで応援することが求められます。
産業保健に関してもこの1ヶ月の対応は現場では必死でやっていますが、これからは計画的な健康管理体制が求められます。現地の医療スタッフは産業医科大学から2人の医師の常駐を希望しています。従来からの東電の産業保健体制ではなく、外部からきちんと所員の健康管理(通常の労働安全衛生法に基づくもの以外にストレス対策、放射線被曝対策も含めたもの)を実施することが求められます。これは、原発周辺地域住民も含めた国の枠組みが必要です。
所員の宿泊所を夜間巡視すると、重症の睡眠時無呼吸症候群(SAS)患者による強烈ないびきにより、睡眠を妨げられている状況でした。
   
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こういった現場の声に応える、現場で働く人を大切に考えた、長期戦としての対応策を期待します。

2011年4月18日月曜日

極限に挑んで

ロードマップの信憑性は?
スカイツリーの骨格
東電の発表。6ヶ月から9ヶ月で事態収拾をはかるというものです。そのための手法が示されました。素人の私が見て「ほんとにそんなことができるの?」というのが率直な感想です。

いま放射性物質を出し続けているすぐ近くで、大掛かりな工事をしなければなりません。
余震あり、放射性物質あり。制限される労働時間、そしてぶ厚い防護服を着ての工事。そのうえ熱い夏のさなかの作業になります。すでに疲労は肉体的にも精神的にも極限に近い状態になっているでしょう。気温が上昇しつつあるために熱中症で倒れる人も出ています。

ロードマップが机上の空論になってほしくありません。

実現するための体制、陣容、従事者の安全確保をセットで説明できるようにしなければ、ロードマップに説得力がありません。



現場の疲労は自衛隊の皆さんも極限に達していることでしょう。

その現場に長淵剛が激励に行ったという映像を見て、素直に感動しました。
自衛隊員と同じ迷彩服を着て乾杯を歌っていました。1500人の隊員の皆さんは肩を組んで、ある人は涙をこらえた表情で声を張り上げていました。「極限が少し延びた」、そんなコメントが隊員の皆さんからあったようです。

果てしなく広がる瓦礫の山、波。途切れることのない悲惨な現場。
何度も何度も、無力感を味わいながら大粒の涙を流したことでしょう。容易に想像できます。いま彼らの気持ちを奮い立たせているのは使命感。日本を東北を元に戻したいという使命感だと、誰かが新聞に書いていました。 まさにその通りでしょう。


しかし極限状態が長く続くのは、“あってはならない隊員の悲劇”を招くことにつながりかねません。


長渕剛は
「被災地のあまりにも悲惨な映像を見て、あーもう日本はだめになると思った。でもその中で黙々と働いている自衛隊の皆さんを見て、立ち直れる、立ち直らないといけないと考え直すことができた。皆さんに感謝します。」と、

言葉を絞り出していました。

2011年4月16日土曜日

生産者のメッセージ

八日目の蝉、角田光代。
震災前に読み終わった本です。単行本出版の後TV番組となって話題をよび、今回は文庫本を経て映画化。なぜだか今回も多くのメディアで取り上げられています。しかし私にとっては残念ながら満足の読後感にはならず…。

自称、多少は本の虫。

八日目の蝉のあと、なかなか本を手に取る気になれません。震災のショックともいえる現象なのかもしれません。昼休み、あれから1か月も過ぎてようやく近くの本屋に行く気になりました。棚に並んだ本に目をひかれるものはなく、平積みの文庫本に手を伸ばしました。関東大震災、吉村昭。TSUNAMI 津波、高嶋哲夫。とりあえずこの2冊から始めよう、そんな感じです。


福島の野菜をネット販売で購入しました。

北の丸公園に咲く花
にら、きゅうり、乾ししいたけ。
乾ししいたけには生産者のメッセージが添えてありました。

「応援ありがとうございます。福島でがんばります。(署名)」

はがきサイズのメッセージ用紙にとても丁寧な手書き文字が並んでいます。短いけれども気持ちのこもった強いメッセージだと思います。きゅうりは歯応えがしっかりして美味しいです。にらが最後に届くことになっており、楽しみです。
東北各県物産館の野菜やお酒などの特産品販売に、応援者がたくさん押しかけています。なにか少しでも被災者の皆さんの助けになれば、そういう気持ちをもった人が大勢いるのです。

人の気持ちのつながりを感じます。

2011年4月13日水曜日

私たちのミッションは復興につながる。

(社内文書から一部転用です。)



3.11以降、事業環境が一変してしまいました。厳しい状況の中での新年度スタートになりましたが、こういう時だからこそ、目標をしっかりと持って事業活動に取組んで行きたいと思います。


震災後、
「私たちに何ができるか、何をすべきか」ということが
語られるようになりました。


阪神淡路大震災のあとにも同じような問いかけとともに、人生観ががらりと変わったという人も数多くいました。被災の規模からいっても今回はさらに多くの人たちが、また国内だけでなく海外においても多くの人々が「いま何ができるか、何をすべきか」を考える状況になっているというのは、皆さんご存知の通りです。

では、会社として、この時期何をすべきなのでしょうか。
私はその答えは「事業活動を通して社会に貢献すること」だと考えます。私たちの存在意義(ミッション)は「社会のため企業・個人の成長のためにお役にたつこと」であることは言うまでもありません。それはつまり、「お客様が求めるサービスを“当社のサービスとして”途切れることなく提供し続けること」に他なりません。そしてこれこそが、復興に向けて必死に闘おうとしている社会、個人、企業に貢献することにつながるはずです。


毎日の余震、
いまだ解決に向かっていない原発、
不安定な環境は半年は続くでしょう。

首都圏では電力不足対策の影響で企業活動に大きな制約が生まれて、景気に悪影響を齎すとも言われています。難しい課題は山積しています。それを乗り越えるミッションをしっかりと持ち、具体的なアクションプランに沿って、当社グループメンバーの組織力と皆さんの力の結集によって、この局面を乗り切っていきましょう。
     
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私たちの仕事は復興につながることをやっています。
その自負をもって事業活動に邁進してこそ、ゴーイングコンサーンという企業命題を全うできるものと信じます。

2011年4月11日月曜日

1300人、7t(トン)

人が戻ってきました。  

田安門を九段方面へ
日曜の花見は賑やかなものでした。やっぱり花見は人が多くないと気分が盛り上がりません。気持ちも高揚しません。
冬ごもりからいっきに出てきた人たち
いつもなら満開前に一雨あって、まさに“満開の花見”というのはできそうでできないもの。しかし今年はピタリ100%の満開が天気の良い日曜日となり、皆さん久々の晴れ晴れとした笑顔に見えました。



朝のTVで福島産野菜のネット販売の紹介をしていました。

出荷規制となった野菜以外にも福島産というだけで流通に乗れない。そのため、農家は断腸の思いで収穫前の野菜を処分している、というのが実態です。

ネット販売は流通を通しません。生産者と消費者が直接やりとりするものです。欲しい人に欲しいものを販売することを可能にします。ネット販売の企画代表者は個別に農家を訪問してシステムを説明し、野菜の提供を促してまわっています。農家にとっては救世主のような販売手法でしょう。

さっそく検索リサーチしてみるとすでに1300人の購入者がいて、7t(トン)の出荷があったということです。(11日現在)

「福島を応援したい」
「野菜の出荷規制に理不尽なものを感じている」
「風評被害を乗り切る力になりたい」
そういう人がこんなにたくさんいるのです。

勇気づけられました。

がんばろう! 福島

2011年4月9日土曜日

いっきに満開。

実は火曜日の朝から急に腰痛です。

もう数十年前に椎間板ヘルニアで寝返りも10m歩くのもやっと、という経験をしたことがあります。ハリ治療、温泉、ストレッチ、脊椎注射、カイロプラクティクスといろんなことを試してみましたが結局は水泳でした、治療効果があったのは。身体中の力を抜いてゆったりゆったりとクロールします。泳ぎが上手なわけでは決してないので、見た目はぎくしゃくした動きになっているはずです。でも気持ちはゆったりしたローリング。腰の筋肉をほぐすイメージです。週に1回は近くの市民プールに通い、1年後にはヘルニアもだいぶ軽くなりました。今回の腰痛はその頃のものと似ている感触もあり、やや心配です。会社で机に向かっている間にも独自のストレッチを何度も繰り返し、少しずつ持ち直しているようですが…。

 週の後半の陽気のせいでしょうか、都心の桜はいっきに満開を迎えました。

千鳥が淵の桜をベストスポットから望む
腰痛をかかえたまま早朝のジョグ&ウォーク。満開の桜を全身に浴びて、なんともいえない妖気の世界。小糠雨のあいにくの天気。そのせいだけではないと思いますが、花見の人出はやはり少ない。例年であれば早朝から多くのカメラマンや見物人があふれ、一方通行規制がされているのに…。


白、薄いピンク、紫がかったピンク、空が見えないくらいの桜の天井、満開の桜がもったいないと思います。

自粛の自粛。
こんな言葉が使われ始めました。
花見の自粛、イベントの自粛、はては夏の花火大会の自粛。あきれるほどの自粛ばやり。これではいけない、経済に悪影響を及ぼす。逆の振り子が働いて次は自粛の自粛、です。当然のことでしょう。お酒は東北の酒、野菜は福島、茨城、メロンは茨城。風評被害に屈するものか。しかし、今朝行った大手スーパーでは福島、茨城の野菜は見かけませんでした。流通で止まっている? 大手としての経営方針なのでしょうか。訝しげな“がんばれ東北キャンペーン”

そんなの私には共鳴できない。

2011年4月7日木曜日

日常に戻る!!

日本は困難を乗り越える。


4月7日の讀賣朝刊。
鎌倉在住の元ワシントン・ポスト記者のインタビュー記事が載っていました。
ポール・ブルースタインという方です。
彼は2つのことを嘆いています。ひとつは、多くの海外メディアが原発事故に過剰反応した結果、多数の外国人が海外へ避難したこと。もうひとつは国際的な風評被害です。

外資の企業では数社が東京拠点を大阪へ、外国人社員を急遽帰国といった素早い動きがありました。でも今では元にもどりつつあります。
もうひとつの風評被害、このやっかいな現象は世界的な拡がりを見せつつあります。食品ばかりではなく機械や繊維製品にいたるまで、放射線検査を実施して規制値を超えるとそのまま帰国させられるといいます。驚くべき実態です。


いま日本がすべきこと。
それは事実に基づいてきめ細かく正確な情報を海外に発信することではないでしょうか。風評被害を放置していると日本製品は海外で受け入れられなくなってしまいます。それは日本の景気にも多大な影響をもたらします。長期的な地盤沈下にもなります。そして復興のための資金ショートという最悪な結果にも繋がりかねません。


ブルースタイン氏は最後に、
「福島県産のほうれんそうが近所の八百屋さんの店頭に戻ってくるのが楽しみだ。」「鉄道は時刻表通りに運行され、新鮮で安全な食品が店頭に並ぶ日常が戻るはずだ。」「日本はそういう力を備えた、困難を乗り越える国だ。」と、インタビューでは締め括っています。
彼はワシントン・ポストに「私が日本を脱出しない理由」という寄稿をするほど、日本を信じてくれています。

こういう人たちの期待に応えましょう!


9.11のとき、ジュリアーニNY市長は「日常に戻ることがテロに屈しないことだ」というメッセージを発信していました。

私たちは日常に戻ることが経済と復興を下支えするものと信じます。

その涙はどういう意味?


リタイア組の会合では原発問題に議論沸騰。

京都のある寺の境内にて
数日前、何気なくTVのニュースを見ていると、東電の涙ながらの発表が流れていました。低濃度の放射性物質汚染水を海に放出せざるをえなくなった、と。高濃度の汚染水をタンクに貯蔵するために、いま貯蔵している低濃度の汚染水を外に出さなくてはいけない。そういう理由のようです。

最悪の事態を回避するための措置なのでしょう。説明する担当者の顔は苦渋でゆがみ、涙も出ています。しかし、その涙にはどういう意味があるのだろうか、そんな思いを抱きました。

低濃度であれ、漁業で生計を立てている人たちには大きな影響を及ぼします。その影響に怯えてのものなのでしょうか。それとも今回ばかりは重大な状況に陥っていることを隠し切れない、そういう状態に慄いてのものなのでしょうか。

生活者の日常を壊し、農業を潰し、次は漁業を犠牲にしようとしています。



なぜ情報統制しているのか。なぜ事実を隠すのか。日本政府は海外に対して情報開示すべきだ。いまどれほどの危険性を孕んでいるのか正確な情報を出すべきだ。被爆を避けるにはどうすべきか具体的情報がない。昨夜の議論は政府の原発対応、御用学者と言われる人のコメント、海外との対応力格差、ネットから得たアメリカ発信の情報などに議論百出の状況でした。

政府による報道よりも、ネットからはもっと正確な詳細な情報を得ることができます。
私たちは両者を見比べながら「自分はどうしたらよいのか」を考えるしかないのでしょう。
そしてそれぞれの考えをまたネットに流して、お互いの知恵を深めることができれば、パニックや間違った判断は回避できるかも知れません。

2011年4月3日日曜日

がんばろう 福島 !

も咲き始めています。

千鳥が淵のお濠
まだ2~3分咲きというところでしょうか。でも朝のジョギングの時には場所取りをしている若者がいました。上野公園をはじめ多くの花見会場では「自粛花見」を呼びかけています。近くの名所では飲み物・食べ物の出店禁止の看板が出ています。

「自粛花見」ってどんなものなんでしょう。酒は入るのでしょうか。大声でおしゃべりはできるのでしょうか。カラオケはだめでしょうが…。停電、自粛が続くと元気も出ません。どこかで切り替えないと景気も低迷したままになります。




福島産の野菜がいくつかの拠点で販売されることになりました。

TVや新聞で報道されたせいか、直送された朝の採れたて野菜は短時間のうちに売切れとなっています。多くの人が殺到しており、物産館では入場制限という状態を招いています。すでに野菜は売切れていても、何らかの福島産の商品を購入して少しでも応援したい、福島の人たちに役に立ちたい、そんな人がたくさん集まっているのです。感動的な現象です。人の気持ちはつながっている、そんな気持ちに満たされました。

ただ、残念なのはこの催しが昨日と今日の2日間、別の会場では1か月ぐらいの期間限定とされていること。原発問題は相変わらずの様相、悪化しているかもしれない。ということは長期戦になることは間違いないでしょう。できれば沈静化するまで、福島産の野菜販売もその間継続できないものでしょうか。


「がんばろう福島、義援金のご協力をお願いします!」

気温10度未満の寒空の中、
法被姿の少女や高齢者の呼びかけに多くの通行人が快く応じていました。

2011年4月2日土曜日

WITH YOU & OVERCOME

いつものコースにランナーが戻ってきました。

まだ震災前の賑やかさではありません。昨夜帰宅の途中コースを歩いていると、多くのランナーとすれ違いました。危ないくらいのスピードです。気合が入り緊張感のある、そんな走りです。ジョギング再開は人々の気持ちの切り替えをみるようで、自分自身にも元気をもらうようなそんな気分です。

先日、ホノルルマラソン協会からお見舞いのメッセージが来てました。協会会長をはじめ、10人の方々からの心のこもったメッセージです。 WITH YOU と OVERCOME   この言葉がいくつも見られます。想いと祈りは日本人とともにある、苦難を乗り越えていこう、そういうお見舞いと激励のメッセージです。

まさしく WE SHALL OVERCOME !!

ホノルルマラソンは多くの日本人とハワイの人が創り上げてきたハートフルな大会です。数年前、朝5時にスタートしてから12時間過ぎてもゴールできない人を関係者の皆さんは辛抱強く待っていました。結局最終ランナーのゴールは日没後の7時。完走を祝う多くのスタッフに迎えられました。そして翌日の新聞のトップをその写真が飾っていました。このエピソードがホノルルマラソンのすべてを語っています。

最後のダイヤモンドヘッドの上り、ゴール手前の800mぐらいの直線。顔をゆがめた必死の形相で前に向かって一歩一歩足を運びます。そういう日本人ランナーの姿を毎年見てくれている人からのメッセージです。ジンときます。一部無断で転載させていただきます。(最初と最後は省いています)

My love for Japan continued when I ran my first Honolulu Marathon in 1978 and continues to this day because of the very, very close relationship the Honolulu Marathon has with Japan. Japan and it’s people are “family” to everyone connected with the Honolulu Marathon.

We feel your hurt, pain, and sorrow especially when we see the daily news coverage of the devastation the earthquake and tsunami have done to your country.

Our thoughts, love, hearts and prayers go out to you in this catastrophic time. We know and believe you will overcome this tragedy because of the determination, strength of mind and the “can do” spirit of the Japanese people.

私の日本に対する愛情は1978年に初めてホノルルマラソンを完走した時も続いていて、ホノルルマラソンが日本人の方にとてもとても親しい関係であるがゆえに、今この時までもずっと続いています。日本と日本の皆さんはホノルルマラソンに関係するすべての人みんなにとって「家族」なのです。
日々の新聞記事などで地震と津波が日本に引き起こした被害の様子が紹介されている際はとりわけ、皆さんの辛さ、痛み、悲しみを強く感じます。
今このような壊滅的な時こそ、私たちの想い、愛、心と祈りはあなた方と共にあります。私たちは、日本の皆さんの復興に向けての決意の強さ、困難に対する心の強さと「CAN DO! (できるとも!)」の精神によって、このような大惨事を乗り越えられると確信しています。