2012年12月21日金曜日

シニアラジオ体操

昨日、今日と久々の参加でした。

6時起床。
冬至の6時は真っ暗です。

すぐに着替えて会場へ出発。
外へ出たときは薄暗く、到着のころようやく視界が広がる状態です。

この冬、一番の冷え込みということで、会場の公園は霜柱があちこちに立っています。グシャッ、グシャッと踏みつけるときの音が心地よい。

昨日は28人、今日は25人。さすがに夏場の半数以下。
しかし皆さん元気です。

今日は体操のあと時間走に出ました。まずは公園内を2周していつものコースへ。6時台にもかかわらず、散歩の人、ランナーの多さに驚きます。終了間近には、電飾と風車をデコトラのように身体じゅうに施した“変な外人”に遭遇。朝から見てはならないものを見てしまった。

今朝の時間走は50分。今週から60分走を目標にしていますが、60分→45分→30分→50分というペースで推移しています。

10kがほぼ射程距離に入りました。
そろそろ来春の復帰レース(ハーフ)へのエントリーをする時期です。

2012年12月15日土曜日

私流のリハビリラン

手術後継続してきた、月1回の通院が昨日で終わりました。

回復は順調に進んでいるということのようです。

約3週間前に5k完走を達成しましたが、その後は時間走という走り方をしています。10kへのプロセスとして、この2週間は45分走を何とかこなしている状態。

医者にも伝えましたが、スピードを出すことに精神的なブレーキがかかります。スピードを上げると膝へのショックが大きくなることから、痛みが再発するのでは?という不安によるものです。

そんなスピードへの消極性は、簡単には解消できそうにありません。それを素直に受け入れて、スピードや距離ではなく時間走を目標にして、45分から60分、75分、90分へと徐々に延ばしていくことで、ペースをつかんでいくのが私流なのかと思います。

ということから、今日からは60分走に挑戦です。


3日前、午後から久々の神保町の古本屋巡り。

中村彰彦、石原莞爾、井上ひさし、などをキーとしていくつか探しまわったものの収穫なし。中村彰彦は「落花は枝に還らずとも」を読んで以来、ファンとして熟成しつつある作家です。当日の収穫は漱石の「心」旧仮名復刻本、北方謙三「血涙」(上下2分冊)、中村彰彦「いつの日か還る」、計千円のお買い上げとなりました

同世代(+α)の男性が、同じように一人でうろうろと本探しをしているのが妙に目につきました。

2012年12月12日水曜日

最初のプロジェクト

最初のまとまった仕事は本の整理。
あちこちに散乱している本を、一つひとつリスト化しています。

書名、著者名、文庫・単行・雑の区分、分冊区分、出版社、購入者、所在、といった情報をエクセルシートに入力。とても根気のいる作業ですが少しずつ整理されていくことに、ある種気持ちの良さを感じます。

そもそも本屋さんで働く、あるいは本屋を経営することに関心があったこともあり…。


いくつか面白いことを発見しました。

学生のころまでは購入の都度、表3に日付と名前を記載していました。いま見ると、なんと下手な字。でも購入当時を懐かしく思い出し、書いてて良かったと。

また本の価格を比較すると、3~4倍にはなっているでしょうか。値上げが少ない商品として例に出されることがありますが、それなりに値上げしています。

文字の大きさにも差があります。残念ながら、ある時期以前の本は読みなおそうと思っても無理です。文字が小さすぎて。こんな小さい文字を読んでいたことに、変に感心します。

同じ本なのに単行本と文庫本があったり、文庫本が2冊あったり、上だけ2冊あったり。いろいろ失敗はあるものです。分冊本の片割れが行方知れずというのも意外とあるものです。

作業は90%完了、ようやく一段落です。

2012年12月8日土曜日

5つの生活ルール

すでに1ヵ月が経過したリタイヤ生活。当面、何を始めるわけでもない期間を大切にしたい、そんな気持ちで過ごしています。


10日前の北の丸公園(ラジオ体操会場)

ただ、こっそりと自分なりのルールを作っています。


(その1)7時前に起きる。現役のころは6時起床でした。目覚まし時刻は当時と変えず、起きだすのは7時前を維持・継続しています。

 (その2)ラジオ体操に前向き参加。(毎日ではありません。)歩いて15分の公園でシニアメンバー中心のラジオ体操が開催されています。この季節、6時は薄暗くて寒い、という言い訳から参加実績は2,3回。少しずつ回数を増やしていきたいのですが…。

(その3)ジョギング。今は5kのジョギング。調子が良ければ45分走という設定にしています。年内の達成目標は10kです。心肺機能、下半身の筋力を徐々にもとのレベルに戻す!

(その4)本を読む。1日数ページでも可とします。いま読んでいるのは、ウィリアム・H・マクニールの「世界史」。知らなかった史実に好奇心が刺激されます。その前は冲方丁の「光圀伝」、米原万里の「嘘つきアーニャの真っ赤な真実」、白石一文の「私という運命について」。冲方丁の前作「天地明察」には圧倒されました。映画にもなり公開中?です。ただ、小説のダイナミックな展開は期待できなかったようです。あとの2冊は退任に際していただいたものです。「嘘つき…」は中欧事情を側面から理解するのに役立ちました。

(その5)お酒は夜に限る。よほどの事情があれば昼酒も可とする、という言い訳つきですが…。

 その2、以外はいまのところ合格です。時間とともに新たなルールを追加することになるはずです。

2012年11月26日月曜日

中欧紀行 その1

ブルタバ川の水上から見たカレル橋

プラハの春を知り、プラハの春を読んで、
一度は行ってみたい、
そしてカレル橋を渡ってみたいとずーっと思い続けていました。

だから、最初の旅はプラハと決めていたわけですが、これほど想像以上の旅になるとは思ってもいませんでした。

それは最初に訪れたブダペスト、始めて見たドナウ川、ブルタバ(モルダウ)川上流の町・チェスキー・クルムロフが旅のクライマックス・カレル橋へと徐々に徐々に高揚感を高めて行ったからでしょう。

そして、成田を離陸して4,5時間後に見たシベリアの大地もカレル橋への静かなイントロになりました。眼下に延々と広がる雪で白く覆われた針葉樹林。違った風景といえばたまに出現する大きく蛇行した河。しばらくすると針葉樹林が白く凍りついた氷の世界に変わっていました。

中欧の旅は、お城と宮殿、教会が観光ルートのメインとして構成され、カレル橋以外はそれほど期待していなかったのですが、最初のブダペストでその考えを捨てることになりました。

ドナウ川のナイトクルーズ船上から
ハンガリーの国会議事堂

中世の街並みのなかで現代の営みがなされていることへのショック。源流から河口まで、10ヵ国を経由する偉大なるドナウ。緩やかな流れを見ていると、宮本輝の「ドナウの旅人」のような旅も体験してみたい、そんな気持ちになります。

「中世の街並みのなかで…」はその後の訪問地でもまったく同じ印象です。
何でこんなことができるんだろう。地震がある、ない、という違いだけでは片づけられない。日本と明らかに何かが違う。日本にはない成熟した価値観なのでしょうか。

プラハの旧ユダヤ人居住区にあるシナゴーグで観た、数多の犠牲者の“生きた標”には言葉や文字では表せないものがありました。それぞれの民族、国にはそれぞれの歴史がある。その歴史を学びたい。そんな思いを強めた旅でもありました。

<旅のルート>成田⇒ヒースロー⇒ブダペスト(英雄広場、聖イシュトバーン教会、マーチャーシュ教会、漁夫の砦、王宮、くさり橋、夜のドナウ川クルーズ)⇒センテンドレ・ビシェグラード要塞・エステルゴム⇒ブラチスラヴァ⇒ウィーン(シェーンブルグ宮殿、シュテファン寺院、ベルヴェデール宮殿⇒チェスキー・クルムロフ⇒プラハ(プラハ城、聖ヴィート教会、ストラホフ修道院、黄金の小路、カレル橋)⇒フランクフルト⇒成田

2012年11月21日水曜日

祝! 5k完走

膝の手術からちょうど5ヵ月の昨日。

時差ぼけも解消したので、いつものコース(1周5k)を思い切って1周することにしました。

これまでは2分割走にして、無理に距離を延ばさないことにしてました。ただ、最初の区間を2.5kから3k、4kと徐々に延長。このところは4k+1kの2分割を繰り返していました。そしていよいよ昨日を迎えたわけです。

このコースは、最後の1kに急な上り坂があり、ここが最も厳しい難所です。

やはり昨日は、その坂で急激なペースダウン。しかし、そこを何とか踏ん張ってスタート地点に戻ることができました。

ブダペストから20kの古い町、センテンドレで
見つけた卵素材のオーナメント


タイムは通常より5分程度オーバーしましたが、5ヵ月ぶりの完走に大満足。
久々の大きな達成感です。
今日になっても筋肉痛はないので、筋力も徐々に回復しているようです。

気を良くして、年内の目標を10k完走に引き上げます。それが達成できれば、来年5月頃のハーフ出場も現実的なものになるはず。どの大会を復帰レースにするか、そろそろ選別に入ることにします。




昨日は2週間ぶりにラジオ体操参加。寒い中でもシニアの皆さんは元気に身体を動かしていました。でも参加者は少なめ。30人くらいでしょうか。

2012年11月3日土曜日

見えてきた5k全走

今朝はラジオ体操、遅刻。

スマホの目覚ましが作動しなかったのか、知らないうちに止めたのか。定かではありません。どうも、スマホの目覚ましを使いこなしきれない。大して難しいわけではないだろうに。


というわけで、ヨーグルト1個をかきこんで、体操も散歩も抜きにしてそのままジョグへ。走り出しから身体の軽さを感じたので、いい予感。昨日までの5kの3分割から、2分割に挑戦することにしました。ただただ抜かれるだけの走りでしたが、大手門で一度休止しただけでゴール。

術後はじめての2分割走達成です。

久々の達成感。

退任に際していただいた花束
退任に際していただいたアレンジメントと
身に余るメッセージ

年内の5k全走が見えてきました。


ある後輩ランナーは、大震災被災地で行われる大会に参加し続けています。自分ではまったく思いつかなかった、被災地支援の一つの方法です。彼にならって、復活の大会は被災地でのハーフに決めました。具体的な時期はまだ決めきれませんが、来年4月か5月になるでしょう。

2012年11月1日木曜日

人生ひとくぎり

再スタートの初日は6時過ぎからの散歩で始まりました。

20分歩くと高齢者グループのラジオ体操広場に到着です。今日はちょっと遅れて第2体操からの参加。肌寒くなってきたせいか、参加者は夏の半分くらいでした。やはり締めは軍隊調の敬礼。いったいこの号令をかける人はどういう経歴を持った人なのでしょう。以前から気になっています。

次に向かったのは靖国です。
早朝の境内はなんとも言えず荘厳な佇まい。
長い長い石畳の参道を踏みしめながら進みます。銀杏の紅葉にはまだまだ時間がかかりそう。途中、何度も何度も立ち止まって立礼をしている人を見かけました。とても珍しい。
2礼2拍手をして「昨日まで在籍していた会社の発展と家族の健康」をお祈りしてきました。

人生再スタートの初日はこんな感じから始まりました。

10月初旬の八ヶ岳農場広場にて
4月になると、通勤途中いつも出会ってた人とパタリと出会わなくなることがあります。家を出るのがお互い同じような時間帯でしょうから、出会う場所もほぼ同じ。その人と出会うと、「あーこの人も今日は仕事に向かってる、元気そうで良かった」と勝手に思い、出会わなくなると、「定年で退職されたんだろうか、病気だろうか」と想像します。なぜか、その人たちの顔は今でもしっかりと記憶に残っています。

今日から自分自身がその人になってしまいました。果たして気にかけてくれる人はいるんだろうか。ふとそんな妙なことを思い浮かべます。

2012年10月5日金曜日

リハビリの成果

マイメニューにそってのリハビリ、1ヵ月経過。
その成果やいかに…。

本日は筋力テストの日でした。
前回同様、必死の形相でトライした結果、
技師の「左右の差はほぼ問題ないですね」という嬉しいコメント。

リハビリセンターでもらったデータを医者に渡す前に
盗み?撮り。太線が右足、細線が術後の左足。
タテが筋力?、ヨコが時間、かな
その後の医師の診断でも同様のコメントでしたが、
「ただ、運動に必要な筋力を80だとすると、今の状態は60しかないので筋力をつけるように」とジャブ。

1kぐらい走ると膝の内側が痛みだし、そのあと走れないと吐露すると、突き放すようなボディブロー、「痛むのは軟骨ですね、半月板が軟骨を保護する役割を持っています。その半月板を削ったので軟骨が痛むということです」。

もともと軟骨がすり減っていたので、痛むのは当然と言わんばかり。

この医者に「患者をいたわり励ます」という治療技術はないのか。

回復には周辺の筋力強化しかなさそうです。
スクワット、エアロバイク、水泳のバタ足。勧められたメニューです。

独自のマイメニューとして、ゴムチューブを使うオリジナルを加えます。そして無理して距離を伸ばさない、夏太りを元に戻すこと、これもかなり重要です。


今日、10月5日はビートルズのレコードデビューの日でした。♪Love Me Do 50年前の鮮烈デビュー。武道館の東京公演、ロンドン?からの衛星中継の日、TVの前でカセット録音したあの頃を、ふと思い出します。

2012年9月30日日曜日

電子ブックは便利だが

今年はいろんな色の朝顔に出会いました
このところ、フェイスブックの管理に時間をとられ、ブログはご無沙汰していました。

細切れの情報提供と情報キャッチにはFBは非常に便利だし、結構活用しています。でもまとまった考えや情報を発信するには、やはりブログでしょうか。

同じように電子ブックと従来の印刷本とではどうでしょう。

先日の出張の際、iPad を携行しました。電子ブックで読みかけていた漱石の「明暗」の続きを新幹線で読もうと思って。途中読みあきたら、FBやメールをチェック。とても便利です。

電子ブックは文字の大きさも調整できるので、ちょっと大きめの文字で読みたい、それは老眼というだけでなく気分転換が目的のときもありますが、そういう時には電子ブックの特徴が生きます。

私は未体験ですが、複数の本を同時並行で読む人には最高でしょうね。なにせ何百という本が電子本棚に収録されていますから。


ただ、いい所ばかりではありません。個人の好みの話かもしれませんが…。それは読み進んでいることの実感が味わえないことです。印刷本は読み進むほどに右側がどんどんぶ厚くなり、達成感のようなものを得られます。ページをめくるときの紙に触れる指先の感覚。これも電子ブックにはありません。そして読んだあとに本棚に差し込むときの満足感。

私にとっては当分は印刷本が主力のようです。

2012年9月9日日曜日

リハビリ・マイメニュー

金曜日の筋力テスト・診察でジョグ解禁となりました。

左の膝の筋力回復は右の73%です。
なので解禁にはなりましたが、完治したわけではありません。階段の上り下りでは無視できない違和感がいまだにあります。


突然フレームインしたランナーに驚いて
右下がりに・・・
いろいろ迷いはありますが、「解禁」を前向きにとらえ筋力強化に励みます。というわけで昨日、久々に5m以上走りました。(山中湖以来、100日以上5mも走ったことがなかったのです)。

久々のジョグは正直大変でした。

走り出してすぐに膝の痛みを感じるし、リズムはつかめないし、身体は重たいし。歩きと走りの使う筋肉の違いを改めて実感しました。

そこで、当面のリハビリ・マイメニューを考えました。
①まず2500歩程度の歩行(朝散) ②タイミングがあえば高齢者のラジオ体操に参加 ③1000歩程度の散歩でクールダウン ④300500mを早足歩行に近いスピード?で走る ⑤2、30m歩いてクールダウン ⑥再度走る ④~⑥の繰り返しです。これで1時間半ぐらいのメニューです。

大汗と疲労感、そして久々の達成感。走ること、汗をかくことの楽しさと嬉しさ、格別です。もう一つはスクワット。正常な右足の下には15cmぐらいの台をおき、左に荷重がかかるようにします。

走る距離・スピード、スクワットの回数を徐々にあげて、1ヵ月後には5kのジョグができるようにする、というのが当面の目標です。そして春にはハーフのレースに参戦する! 山中湖で復活というのもいいかも。

2012年9月6日木曜日

筋力テスト

明日、その日がやって来ます。
手術前と手術後の膝の筋力比較。

テストは院内のリハビリセンターで実施します。エアロバイクの超重たいペダルを左右交互に踏む、そういうイメージです。実際使用する器具は本格的なものですが。

手術前のテストでは、痛めている左が明らかに弱い結果となりました。右の80%ぐらいだったでしょうか。術後3ヵ月近く経過して、この間、運動といえば「歩き」だけなので、左右ともに筋力低下は免れないでしょう。

最も気になるのは左右の比較です。術前と同じくらいの差になっていれば、待望の運動解禁となるのでしょうが。


朝散の途中、色づき始めた紫式部をチェック


朝散(朝の散歩)、夕散に励み、スマホに日々の歩数実績が記録されています。朝散は5時半過ぎに出発。4~50分、5千歩が目安です。その時間帯、歩く高齢者、走る青・中年、その数が半端じゃありません。こんな早朝から早く走ると逆に身体に良くないんじゃないか。中にはそういう心配になる人もいます。

どんなに暑くなる日も早朝は爽やかです。
朝散は運動解禁になっても継続することになりそうです。


ここしばらく「カラマーゾフの兄弟」(ドストエフスキー)を読んでますが、よく分かりません。ようやく中盤に差しかかったところ。「新しい翻訳が出て読みやすくなった」と数年前話題になりました。当然その本が並んでいるものと信じきって買いましたが、とんでもない。ちゃんと確認すべきでした。

古い翻訳バージョンだからというわけではないと思いますが、ストーリーがなかなか頭に入ってきません。そういうわけで、いったん小休止することにし、「続 明暗」を買いました。作者は「母の遺産」の水村美苗。漱石の「明暗」の続きということなら先に漱石を読むべき? ま、いいか。

重たそうな感じではありますが、ちょっと横道に入ります。

筋力テストの速報はフェイスブックに掲載します。

2012年8月26日日曜日

飛鳥Ⅱ

早朝から横浜大桟橋へ。

日本の客船で最大級の飛鳥Ⅱ、試乗見学の日でした。

5万トン、全長241m、全幅30m、乗客数872名、乗組員数470名。

5万トン級の客船で乗客872名というのは他船よりも少ない。一方で乗客数に対する乗組員の数は逆に多い。

つまり、船内スペースはゆったり、乗客に対するサービスは手厚く、というのが飛鳥Ⅱのアピールポイントだということでした。確かに、1歩踏み入れるとそこには高級ホテルの空間が広がっていました。


向こうにそびえるランドマークタワー。ビルの間には富士が見えました
ここ数年、客船クルーズの人気は上昇傾向にあるようです。

ちなみに今日の見学者の年齢層は30代から80代でしょうか。とくにリタイア層のみがターゲットになっているわけではありません。若年層への広がりは確実に進んでいます。


飛鳥Ⅱで世界1周。
105日をかけた最長航路です。
3ヵ月も家を空けるなんてちょっと現実的ではないな~。


しかし時速35kのゆったりとしたスピードで世界1周するなんて、なんと贅沢。

移動手段は早ければ早いほど良い、という価値観で生きてきた者にとって、時速35kの移動は大きな価値観の転換でもあります。世界1周は夢の話として、1度は体験してみたい客船クルージング。

経済的なことは一切抜きにしての話です。

2012年8月14日火曜日

海賊とよばれた男

休暇中に読もうと思って入手した本。
百田尚樹の「海賊とよばれた男」。

出光興産創業者である出光佐三氏の石油と国家に賭けた事業人生。
想像を絶する内容でした。


よく知られているように太平洋戦争開戦を、日本が最後に決断せざるを得なかった理由のひとつが石油でした。ABCDラインによって経済封鎖をされ、南方に石油を求めるしかなくなった。そして戦争が長引いたために石油不足が深刻となり、戦闘機などの製造ができない。さらに戦艦大和は進水はしたものの、燃料不足のために身動きができなかった。

戦後においても石油をめぐるGHQやメジャーとの戦いが続いていた。

霧ヶ峰 八島湿原


それに真っ向から立ち向かった人物が出光の創業者だったということ。

GHQによる占領政策、復興政策が、反共政策や朝鮮戦争などいろんな要因で二転三転するなかで、日本の復興を最優先にして事業活動を推進してきた人。身震いするような生き方に驚きと感動を禁じえません。


イランにとって、なぜ日本が友好国なのか、日本のファンが多いのか。その理由をずーっと知らないままでいたことも、ようやくすっきりしました。

また徳山が石油基地として発展したことも。学生のころ列車で通り過ぎるたびに、徳山や岩国に連なる石油基地を見て不思議に感じていたものです。

百田尚樹。彼の作品はこれで3、4冊目になるでしょうか。前作の「永遠の0」、最初に読んだ「錨を上げよ」、それぞれまったく着想・構想が異なる作品です。「永遠の0」はミリオンセラーとなり映画化も予定されています。今後の作品が楽しみです。

2012年8月6日月曜日

女子マラソン

惨敗でした。

この日を、この応援を楽しみにしていましたが。
難コースに加え、前半は一時どしゃ降り。TVで観ててもその過酷さが伝わってきます。気持ち良くとか、楽しくとか、とんでもない。

棄権者が1分30秒で出るなんて初めて見ました。どしゃ降りで身体が冷え切ったのでしょうか。これから先の過酷なサバイバルレースを予言しているように思いました。しかしどれだけ厳しい状況だといっても、文句は言えません。みんなそうなんだから。

日本選手がトップにからんだのは、ほんの数分だけでした。その後はずるずると後ろに下がっていきます。こんな厳しいレースでは、いったん下がってしまうともう追いつけません。

後半、アフリカの選手がペースアップしたときにその差はどんどん開き、あっという間に見えない距離になりました。歴然とした世界と日本の力の差。つらい競技になりました。


イングリッシュガーデンにて
(こんなことなら野口選手の復活を見たかった。野口ファンとしてはまだあきらめられません。)

さて、実況を聞いててストレスを感じたことがあります。解説の喋りが途中で切れる、尻切れトンボだったこと。それも一度や二度ではなく。アナウンサーも途中で気になってきたのか、解説のコメントが終わらぬうちに引き取っていました。

なぜ最後までちゃんと言わないの? 
そんな繰り返しが聞いてる側にはストレスになります。
やっぱり解説は増田明美さんがベスト。彼女の喋りは聞き心地がいいですね。

オリンピックは中日の女子マラソンを終え、後半に入りました。前半の感動シーン、私のベスト3! 

「競泳男女の400mメドレーリレー」。ついつい「いけっ、いけっ」の大声をあげての応援になりました。レース後、松田選手の「コースケさんに手ぶらで帰ってもらうわけにはいかないぞ、と3人で話してたんです」というコメント。まぶたが熱くなりました。その北島選手はリレーで最高のタイムを出しました。

次は「卓球女子団体」。「よくぞやってくれた!」 決勝はまだですが、ここまで来たことに感動です。3選手の闘いが実に爽やかなのも、抱きあっての涙も感動を呼びます。そして男子体操、「内村選手の個人総合」。

いくら努力して練習しても私には絶対できない競技、ベスト1、それが体操です。

2012年7月30日月曜日

Hey Jude

オリンピックの開会式フィナーレはポールの ♪Hey Jude という演出でした。スタジアム全体の合唱もあり、想像以上の盛り上がりになりました。

「実はクチパクの予定だった」という情報が流れています。
それを裏付ける出だしの音響の不手際。

ポールの歌い出しが間違ったのか、そんな心配をしながらチェックしつつ聴き入りました。なにせポールには歌詞間違いの前例がありますから。

随分前になりますが東京公演の際の♪Yesterday、TVの中継を見ながら気づきました。
9.11チャリティ・NY公演での♪I'm down. これはCDを聴いてまたかと思いました。

いずれも歌詞の間違いです。関係のない歌詞が入るのではなく、1番に2番の歌詞が混じるというようなミスです。今回もその心配がある、ポールが歌うと聞いたときすぐに思ったことです。

出だしの音響トラブルはそんな心配にしっかり応えてくれました。そして、歌詞の間違いも前例と同様のパターンでありました、やっぱり。


蓼科のイングリッシュガーデンにて
久しぶりに映像で見るポール。70歳の顔のたるみはありましたが、ピアノ演奏は文句なし。はりのある声も歳を感じさせません。そして、ピアノから離れて会場の人たちを大合唱に巻き込む。盛り上がりを最高潮にもっていくとは、まだまだ現役です。

♪Hey Jude はジョンの子供・ジュリアンを励ますためにポールが制作したと言われています。ジョンの離婚話があり、元気がなかったジュリアンを何とか励まそうというポールの優しさ。そう思って聴くと、甘くてつやのある彼の歌声にさらに魅力を感じます。

ジョンはその後ヨーコとつながり、それが原因でポールとの仲が悪くなる。その頃の曲にはお互いを罵倒するような言葉が入るようになり、やがて迎えた解散。

ジョンは銃弾に倒れ、ジョージは病に倒れ、残るはポールとリンゴの2人になりました。

彼らの曲は今でも私にとってはNo.1です。

2012年7月24日火曜日

検査結果

蓼科のイングリッシュガーデンで購入したムクゲ、
ブルーサテン。上品な薄紫

今日は先日のホルター心電図の検査結果通知の日。
最寄りの駅から病院まで、午後の蒸し暑い道路を歩く。10分強、何となくだるい。

途中、胸のあたりに圧迫感を感じてきました。
数ヵ月に1度、寝てるときに襲われるアレと同じものです。
昼間に体験するなんて初めてのことです。

診察に入る前に食堂で焼き魚定食。
胸部に違和感をもったままなので、まずい。


診察室に入ると何だか明るい感じの医者の表情。

ドックで検知されたサドルバックの波形がなくなり、不整脈の影も形もない、安心してください。いや、でも。何とか自覚症状を伝えように試みる。ときどき胸が締めつけられるようなことがあり、たまたまここに歩いて来る途中にも同様の症状があった、と。

医者は半信半疑の表情。

しかしようやく、じゃーもう一度心電図をとってみましょうか、という言葉を引き出す。
締めつけの症状が完全になくなっているわけではないので、もしも心臓に原因があるのなら…。しかし、結果は同じでした。

良かったですね~、サドルバックは消えてますよ。波形を一緒に見ながらのコメント。でもすっきりしない。

じゃあ、この症状は心臓とは別の原因ということなのでしょうか。一旦はそれで納得するしかありません。

これからも年に1度はホルターで状況を確認した方がいいと言われましたが、それが妥当なことなのか…。


これも別種のムクゲ
別の心配事。運動制限のためお腹周りに余裕が出てきているようです。
急きょ、“対策”を始めました。腹筋、ダンベル、ウォーキング。土曜日1万歩、日曜日1万7千歩。そして今日も1万7千歩。

体型が変わる前にランニング&ゴルフ解禁となりますように。