2012年11月26日月曜日

中欧紀行 その1

ブルタバ川の水上から見たカレル橋

プラハの春を知り、プラハの春を読んで、
一度は行ってみたい、
そしてカレル橋を渡ってみたいとずーっと思い続けていました。

だから、最初の旅はプラハと決めていたわけですが、これほど想像以上の旅になるとは思ってもいませんでした。

それは最初に訪れたブダペスト、始めて見たドナウ川、ブルタバ(モルダウ)川上流の町・チェスキー・クルムロフが旅のクライマックス・カレル橋へと徐々に徐々に高揚感を高めて行ったからでしょう。

そして、成田を離陸して4,5時間後に見たシベリアの大地もカレル橋への静かなイントロになりました。眼下に延々と広がる雪で白く覆われた針葉樹林。違った風景といえばたまに出現する大きく蛇行した河。しばらくすると針葉樹林が白く凍りついた氷の世界に変わっていました。

中欧の旅は、お城と宮殿、教会が観光ルートのメインとして構成され、カレル橋以外はそれほど期待していなかったのですが、最初のブダペストでその考えを捨てることになりました。

ドナウ川のナイトクルーズ船上から
ハンガリーの国会議事堂

中世の街並みのなかで現代の営みがなされていることへのショック。源流から河口まで、10ヵ国を経由する偉大なるドナウ。緩やかな流れを見ていると、宮本輝の「ドナウの旅人」のような旅も体験してみたい、そんな気持ちになります。

「中世の街並みのなかで…」はその後の訪問地でもまったく同じ印象です。
何でこんなことができるんだろう。地震がある、ない、という違いだけでは片づけられない。日本と明らかに何かが違う。日本にはない成熟した価値観なのでしょうか。

プラハの旧ユダヤ人居住区にあるシナゴーグで観た、数多の犠牲者の“生きた標”には言葉や文字では表せないものがありました。それぞれの民族、国にはそれぞれの歴史がある。その歴史を学びたい。そんな思いを強めた旅でもありました。

<旅のルート>成田⇒ヒースロー⇒ブダペスト(英雄広場、聖イシュトバーン教会、マーチャーシュ教会、漁夫の砦、王宮、くさり橋、夜のドナウ川クルーズ)⇒センテンドレ・ビシェグラード要塞・エステルゴム⇒ブラチスラヴァ⇒ウィーン(シェーンブルグ宮殿、シュテファン寺院、ベルヴェデール宮殿⇒チェスキー・クルムロフ⇒プラハ(プラハ城、聖ヴィート教会、ストラホフ修道院、黄金の小路、カレル橋)⇒フランクフルト⇒成田

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