2011年6月29日水曜日

猛暑日来る!!

都心の最高気温が35度。

6月の猛暑日は史上3度目ということです。ついに来ました。肌を刺すような暑さです。熱中症で倒れた人も数10人いたようです。そしてもっとも気になる電力使用率がピーク時93.2%です。これは危険水域です。

梅雨明けの真夏にはいったいどうなるのでしょう。


節電対応については毎日のようにTVでいろんなアイディアが紹介されています。会社では不要な照明を消すことからはじまり、大量に使用しているパソコンの輝度を50%以下に落とす、1時間40分以上使用しないときはシャットダウンにするという案も出ています。オフィスの電力使用のかなりの比率をパソコンが占めるのは間違いないことなので、確かな節電につながるものと期待しています。

さらに、今年は扇風機を温度設定28度のエアコンと併用することにしました。レンタルがいいか購入がいいか、検討の末にレンタルにしました。理由は保管場所。

さっそくレンタル業者に手配したところ、東京の業者は在庫なしということで、山形から取り寄せることになりました。今日の猛暑になんとか間に合わせることができ、ほっとしています。

しかし、このような状況だと計画停電は不可避なのでしょうか。

2011年6月27日月曜日

Cosquin en Japon

昨日はふとしたことからフォルクローレのコンサートへ。土曜日の朝刊で見つけた「川俣を音楽で救え」という記事に触れ、チャリティコンサートに行くことを決めました。

川俣町は原発の計画避難地域に一部が指定された町です。一時は20K圏内の人たちの避難受け入れをしていたのに、です。川俣町は南米の民族音楽・フォルクローレの聖地として知られています。アルゼンチンのコスキンで50年以上開催されているフォルクローレのフェスティバルを、日本の地で開催しようと始められたのがコスキン・エン・ハポン。本場コスキンに地形や雰囲気がよく似ているということから川俣町が日本の開催地になり、以来36回を数えています。

という事実、実は私、今回はじめて知ったことです。

皇居東御苑の菖蒲園

今年の開催をどうするか。事務局の方たちは大変悩まれたことだと思います。風評被害もあって演奏者の参加が少ないかもしれない。観客の動員にも影響が出るかもしれない。そんな不安な気持ちを振り切って今年の開催を決定されました。


「36年間続いた祭典を絶やしてはいけない」
「何とか音楽で町を元気づけたい」そういう強い決意の表れでしょう。

昨日のチャリティコンサートには川俣町から事務局長はじめ数名のスタッフの方も見えていました。本番は10月8・9・10日の開催です。ぜひ参加したい、そんな思いを強くさせていただくコンサートでした。ケーナ、チャランゴ、サンポーニャ、アルパ、ボンボ。アンコールの♪花祭り は、踊りと歌に会場と演奏者が一体となって盛り上がり、涙をこらえることができませんでした。

2011年6月24日金曜日

いまをどう考える?

いま読んでる本、神の火・高村薫。原発事故に見舞われた現実をズバリ予測していたかのような文です。
すべての科学技術は本来、その運用に当たって完全という言葉は使えない人間の所産に過ぎないが、いったん壊れたら最後、周辺地域が死滅するような技術の恩恵を、人間はどれほど受けてきたというのか。原子力は、人間にどれほど必要な代物だったというのか、そう思い至ると、島田は回復不能の懐疑の闇に陥った。

本日配信のメルマガにも、100%共鳴するものがありました。無断で引用させていただきます。


いまは、長期的な構想を練るのに相応しい時期なのだろうかと思います。千年に一度の大地震に襲われたような異常時に、今後の国家の行方を縛るような重要なことは、何も決めない方が良いように思います。(略)異常時には、特殊な現象に興奮するのではなく、極力平静を保つようにするべきではないかと思います。

日比谷Pホテル前に咲く
その意味で、危惧しているのは、例えば、復興構想会議での「東日本大震災により、我々が文明論的転換を迫られているのは間違いないように思える」という提言です。復興の精神・山内昌之という本のなかにあった「世界史でも屈指の高度成長の成功を経験し、時として爛熟の極みまで達する消費文化に酔いきった日本人は、大震災をモメントとして新たな歴史が始まったことを理解するはずだ」という文章にも、違和感を覚えました。

それよりも、同じ本にあった養老孟司氏の「私自身はその日もそれ以降も特別なことはしていません。周りがうるさくなってくると静かにする。ブレーキをかける。…戦争で懲りているのです。ああいうときは、『こうしろ』『ああしろ』『言ってはいけない』『やってはいけない』という奴が必ず出てくる。…何か言うと、必ず『敵か味方か』というように決めつけられてしまう。…普段と同じように淡々と暮らしています」という言葉に納得しました。
(略)  
私は、「復旧」については、何の異論もありません。万難を排して早急に実現すべきだと思います。ただ、なぜ、被災地の復旧が、日本の再生につながるのか、あるいは、つなげなければならないのか、私にはよく分かりません。「国民全体が共有でき、豊で活力ある日本の再生につながる復興構想」を、東日本大震災をきっかけに、なぜ、考えねばならないのでしょうか。
真夏の暑さがくる前に被災地では異臭、蠅、熱中症といったことが問題視されています。いまやるべき喫緊の課題は「復旧」です。復興構想に基づくユートピアを語るのは別の次元のことです。

2011年6月21日火曜日

湘南マラソン仮エントリー

正しくは湘南国際マラソン大会。

首都圏で開催されるマラソン大会では2番目の人気、集客力のある大会です。(もちろん1番目は東京マラソン)。

6月12日の22時からエントリー開始でしたが、私がアクセスしたのは13日の6時前。数百人のウェイティング、「接続までに○秒かかります」という親切な案内が表示されました。この大会にエントリーするのは初めてですが、評判どおりのアクセス数に驚きました。5分近く待ったあとに無事接続。エントリー手続きもスムースに進み、仮エントリー完了。参加費を期日までに入金してエントリーは正式完了します。

さて、どうする。


入金期日まであと4日です。10月23日は諏訪湖(ハーフ)、12月11日はホノルル(フル)を予定しており、その間にフルを走るというのは物理的に不可能です、どう考えても。やはり権利放棄しかないか。


乾門近くの道端に咲く

8月に四国を旅することになり、いろいろ調べていると10月に魅力的な大会が催されることを発見しました。梼原(高知)で開催される第1回龍馬脱藩マラソン大会。脱藩ルートを標高500メートルからスタートし、900メートルまで登って折り返します。標高差400メートルのフルマラソン。かなり魅力的ですが私の体力、走力からすると無謀です。

10月9日の開催です。

2011年6月16日木曜日

大いなる矛盾をかかえた

脱原発の動きは徐々に世界的なうねりとなりつつあるようです。


皇居東御苑の菖蒲園

すでにドイツでは10数年後には原発廃止が実現できるように舵をきりました。原発に代わる自然エネルギーの比率を高める、その開発・構築を強化するということです。そして数日前、イタリアでは国民投票によって脱原発が決定されました。90%という圧倒的な支持を受けて。

しかしながら、既存の原発を停止すると電力不足に陥ります。それをどうやって補うのか。隣国フランスは原発大国、80%を原発に依存しています。そのフランスから不足の電力を輸入するという話があります。製造リスクを隣国に背負わせて、出来上がった製品をお金で手に入れる。


これは、大いなる矛盾です。

フランスの国民はどういう受け止め方をしているのでしょう。
単なる貿易とは考えられない事象です。

いま読んでいる本(神の火・高村薫)には「原発は平和が前提のものだ。戦争や大きな天変地異が起こったら破壊される可能性がある。ミサイルひとつでも撃ち込まれたら…。」というよう記載がありました。同じようなことを昨日のネットでの会見で、元佐賀大学学長が話していました。

皇居東御苑の菖蒲園

 戦争とまではいかなくても、二国間が厳しい関係に陥ったら供給される側は電力不足の危機を抱え込むことになります。(決して、あって欲しくない話ですが)。


ドイツの国民はどのように考えているのでしょう。

2011年6月12日日曜日

あとで悔みたくない



昨日の午後、雨もあがり、軽いジョギングのあとに日比谷公園に散歩。


そこでプラカードを持った熟年男性と出会いました。プラカードには「1億人に伝えたい。放射能の…」といった文字が読み取れました。脱原発デモに参加した帰りのようです。


そして今朝の新聞では、意外と大きくデモのことを扱っています。東京や大阪をはじめ、広島市、福島県、福井県など国内140ヵ所で行われたということです。さらにパリ、メルボルン、香港、台北でも集会やデモがあり、脱原発を訴える日本(人)との連帯を表明しています。

「原発を停止する、再稼働しない、増設しない。20ミリシーベルトなど被曝基準の緩和に反対する。原発から自然エネルギーへシフトする。」の3つの条件を掲げての“脱原発100万人アクション”


日比谷公園の紫陽花

東京で参加した人たちのコメントが新聞の都内版にも掲載されていますが、買い物の途中に飛び入りで参加した人、家族で参加した人、市民レベルの動きに発展してきつつあることを実感できます。

「あのときなんもせんやったと、あとで悔みたくないから」

広島で参加した人のコメントです。



2011年6月11日土曜日

3ヵ月。

震災被害生々しい皇居大手門

いろんな問題が取り残されたまま、時間だけが過ぎているように思います。
今日は反原発のデモを全国的に起こそうという計画もあるようですが、雨の中どうなったでしょう。


検査停止した原発が再開する確率が極めて低くなり、今夏の電力不足が再び大問題になりそうです。浜岡を停止したときから検査停止している原発の再開が厳しくなるのは、おそらく誰もが予測できたことです。それが時間が過ぎてタイムリミットが迫らない限り、現実的な対応策に入ろうとしない。震災後の対応策を如実の物語っているように思えてなりません。


昨日の新聞でもっともインパクトがあったのは、
「関西電力から関東への供給がなくなる」
という記事でした。

他所のことより自分のエリアをどうするか。
日本全国が電力不足に陥ることは間違いなさそうで、他所の応援をしている場合じゃない。

1ヵ月ほど前の大阪出張の際、東京の地下鉄構内ではもう見ることができない照明の明るさにびっくりしました。ちょっと前までは東京も同じように明るかったのに、節電目的で薄暗くなってしまいました。しかし、今では明るい地下鉄に違和感をおぼえました。

タイサンボク(モクレン科)/皇居東御苑

京大の小出さんが言ってます。「たかだか電気でしょう。電気のために命を危うくする原発はほんとに必要なんでしょうか。浜岡を津波対策ができたら再開させるというのはもってのほか、福島は地震で壊れたんだから」と。

地震大国に原発54基。




2011年6月5日日曜日

ふるさと納税で支援

皇居東御苑の菖蒲園
ふるさと納税急増。

今日の20時のネットニュース。震災後の3ヵ月たらずで岩手、宮城、福島の3県のふるさと納税が2009年度の年間実績の90倍に急増しているということです。岩手県7455万円、宮城県1億1894万円、福島県1億1561万円、各県とも大幅な増加になっています。




皇居東御苑の菖蒲園

私も制度設立の時から知ってはいましたが、それほど関心はありませんでした。実態としても同様のようで、話題性はあっても広く定着していなかったようです。それがここまで急増することになったのはなぜなのかなー。出身者の人たちが納税先を変えたのかなー。それにしても驚きの急増です。



「もしかして…」と思いリサーチしてみると、やはり“ふるさと”に理解不足がありました。ふるさと納税応援サイトの解説では、寄付先の“ふるさと”に定義はなく、出身地以外でも「お世話になったふるさと」や「これから応援したいふるさと」など、各自が想う“ふるさと”を自由に選ぶことができます。とありました。

3県のこの制度利用者の急増には、出身者以外の利用者が多数貢献しているのではないでしょうか。ということは、この制度の普及活動をしていくことが、さらに多くの利用者増につながり、被災地(者)支援につながるはずです。そして自治体指定なので寄付金が途中で滞るということもないでしょう。私もさっそく検討することにしました。

すごくメリットのある制度だと思います。

2011年6月3日金曜日

Jogger Watching

2006年、あるメルマガに投稿したエッセー。
ちょうどこの季節のジョギング体験を綴ったものです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


たった一人の長距離ランナー 過ぎしのみ 雨の土曜日 何事もなし(寺山修司)

 「雨の中を、ジョギングご苦労様でーす」と選挙カーから呼びかけられたことがあります。小雨よりちょっと強い雨、防水ウェアを着て、いつものように走りに出たときでした。丁度、地方選の時期。住宅地を回っている選挙カーから、ジョギングに出た私に送られた応援のメッセージです。恥ずかしいやら、照れるやら、そして迷惑な応援でした。
 

 走り始めたのは、中年の体型が気になってきたのと、走った後にビールをおいしく飲みたかったからでした。一時はどんな天候のときにも、休日になると必ず走っていました。ほとんど中毒と言えるくらいに。その後数年() を経て、今ではその日の体調、天候をチェックした上で、走るかどうかの判断をしています。
5年ほど前から、皇居をジョギングコースにしています。ここでは都心ならでは?の様々なランナーに出会います。


子犬を籠にいれ、それを胸に抱いて走るひと
雨の中、傘をさして走るひと
二人乗りのベビーカーを押しながら走るひと
あの豪雪の中、カメラ片手に走るひと
上半身裸で走るひと
フルマラソン完走回数を書いたシャツを着て走るひと
 
 嘘のようなものもありますが、実はどれもが実在のケースなのです。子犬を籠にいれて走るひとは、日傘も手にしていました。さすがに差してはいませんが。最初に出会ったときはただ驚くばかりでしたが、一度ならず二度三度の出会いで、不思議と目が慣れてきました。ベビーカーを押しながら走るひとは、外国人です。海外の公園などでは、こういう走り方が特に珍しくないのでしょうか。豪雪の中のカメラ片手のランナーは、実は私です。雪を踏む「キュキュッ」という音を聞きながら走るのは、滅多に味わえない気持ちのよいものです。上半身裸で走るのは、外国人は何度も目にしてきましたが、60代とおぼしき日本人の男性というケースは全く初めてでした。慣れてないせいか違和感をおぼえてしまいます。フルマラソンの完走回数を書いたシャツを着て走るひと、私が知っている限り2名います。どちらも70歳ぐらいの高齢者です。数字の差し替えができるように、その部分のみをピンで留めています。出会うたびに頭が下がります。書かれている回数も半端ではありません。

 
 いろんなひとと出会えるのはジョギングの楽しみのひとつですが、一番の付加価値的出会いは、すごいスピードで走りぬける谷川真理さんとの遭遇です。すれ違った瞬間に「あっ」と思い、そしてパワーをもらった気がします。


・・・・・・

2011年。そういえば、このところここで紹介したようなランナーと出会うことはないですね。いったいどうしたんでしょう。普通のランナーが大多数になっています。谷川さんとも出会いません。たまにワイナイナさんが疾走するのを見かけます。何かが変わったのかも知れません。

2011年6月1日水曜日

さっさとエントリー

日比谷のPホテル敷地に咲いていた



今日は諏訪湖マラソン受付開始日。

朝のお茶を飲む前にエントリー終了。







以前は過去の参加者には申込書が郵送されていましたが、数年前からそれがなくなりました。突然のことでした。その年、いつものように申込書が送られてこないのでネットで確認してみると、「申込みは締切りました」という告知。

えーー。それはあんまりでしょう。

早速抗議の電話を事務局にしましたが、あまりにも冷たい対応でした。
「以前はサービスで申込書を郵送していましたが、申込者が多いのでウェブでの告知のみに切り替えました」と。


あなたじゃ駄目だから事務局長に代わってくれ。
いやー私が事務局長です。
あららー。


これをお役所的だと言うのでしょうか。
民間のサービス業で育ってきた者としては、開いた口が塞がらない。
それ以来、受付開始早々にエントリーするようにしています。


諏訪湖マラソン(ハーフ)は1周+αのコースです。ほとんどフラットで見通しもきくので気持ちよく走れます。同じようなコース設定の山中湖は、まさしく山の中のコースで、アップダウンが結構応えた記憶があります。もう15年ぐらい前のことなので確かではありませんが。



とは言っても、諏訪湖マラソンで事故がありました。
8年前のことです。ゴール直後か寸前でランナーが倒れ、心配停止となりそのまま亡くなられたのです。それが2人も。結構早いタイムの人たちだったので、ペースに無理があったのでしょうか、或いはコンディションが良くなかったのでしょうか。残念な、気の毒なことでした。平坦なコースであっても身体に無理が生じていれば事故につながるものなのです。


10月23日、マイペースでファンランを目指してみたいと思います。