2011年8月9日火曜日

京都 大文字

蓼科のイングリッシュガーデンにて


こんな場合、私たちはどう考えればいいのでしょう。
昨日のネットニュースから転載します。

東日本大震災の津波で倒れた岩手県陸前高田市の「高田松原」の松で作った薪(まき)を「京都五山送り火」(16日)で燃やす計画が中止になったことに対し、8日朝から、京都市の大文字保存会の事務局を務める市文化財保護課に非難が殺到した。「期待していた被災者の気持ちをくむべきではないか」などの意見で、8日午後1時現在、約40件に上っている。保存会は、被災者らに犠牲者の名前や復興への願いを書き込んでもらった薪の奉納を計画し、400本が集まった。しかし、放射性セシウムに汚染された稲わらを食べた牛の肉が流通した問題などで心配が広がり、検査を実施。放射性セシウムは検出されなかったが、現地の関係者と協議して中止を決定した。これに対し、市民らから「根拠のない理由で中止するのは差別ではないか」「風評被害を助長する」などの電話があった。

昨日のTVでは、京都で別の板を用意して“復興への願い”を書き写しているということです。被災地の願いと送り火が一体となる熱い企画であったのに、なんだか気持ちがこもらない、薄っぺらなものになってしまいます。さらに言えば被災地の皆さんの心に傷をつけてしまいます。そして企画者のなんとも言えぬ無念さを思うと心が痛みます。
かたや今朝のネットニュースでは、長野 善光寺のことが記事になっています。陸前高田の倒木を加工した木札が販売されており、さらに14日の震災慰霊法要ではその木札がやぐらに祀られ復興祈願がなされる、と。

蓼科のイングリッシュガーデンにて 雨の滴がきれい
これから先もこのような事例はいくつも出てくるでしょう。その対応には慎重にあたってもらいたいと思います。決して情や雰囲気に流されない、科学的根拠に基づいた対応であること、それを願ってやみません。(京都は昔から保守的な土地柄だと言われています。その影響も大きいのでしょうか。)

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