2012年7月18日水曜日

木曽路へ

木曽路を訪ねました。
馬籠は20年ぐらい前に行ったはず。
でもそのときの記憶はなぜかほとんどありません。

馬籠宿の坂を下りてきたあたり
駐車場を出て街道筋を歩き出すと、そこらじゅう高齢者がにぎやかに歩いています。夫婦とは別に、なぜか男性グループが目につきます。

入口から50mも行くと急勾配に変わり、石畳が上へ上へと続いています。道幅は3、4人がようやく歩けるくらいでしょうか。この狭くて急勾配の道筋が木曽路であり、馬籠宿だったということか。

「すべて山の中の木曽路」が旅人にはどれだけつらいルートだったか、この場に立ってみて実感できました。

長い坂の中腹にある本陣は藤村の生家。そして今は藤村記念館。一歩中に入ると維新後の往時を偲ぶことができます。夜明け前の主人公・青山半蔵、そのモデルとなった藤村の父が精神的病のために軟禁された隠居所も、当時の姿を残しています。

資料館には今年1月の朝日新聞の切抜きが掲示されていました。「あー、これだ」思わず言葉がもれそうなくらい納得。記事には「夜明け前」にまつわるエピソードがいくつか紹介されていました。混迷する今の政治状況も夜明け前なのだろうか、などとも。

これを読んで「夜明け前」がずーっと気になっていたのです。

雨にぬれた石畳と街道沿いの紫陽花が印象的でした。

馬籠から妻籠へ。

妻籠宿の枡形入口から街道を望む
妻籠宿の町並み、本陣・脇本陣の建物は平成になってから復元されたということ。日本で最初の街道復元だそうです。馬籠とは違って古い佇まいを残しています。石畳もありません。平坦な筋にそって寂れた雰囲気の家が連なっています。

脇本陣では地元のおばさまがガイドをしてくれます。
囲炉裏を囲んで家族が座るのにもしきたりがあるということ、ひとつ学びました。ここの本陣から馬籠の本陣、青山半蔵のもとへ嫁いだ人、それが藤村の母です。

アップダウンがあるからゴルフは止めときなさい、と医者に言われてしまい、3ヵ月はゴルフもランニングも中断することに。なのに木曽路は決して平坦ではありませんでした。

2 件のコメント:

  1. 紫陽花の色がきれいですね。藤村記念館、6年前に行きました。ほとんど記憶が薄れてましたが、少し思い出しました。やはり、「夜明け前」ですね、木曽路は。
    6月に行った奈良井宿は、意外に開けた感じの宿場で、道も広いし平坦でしたよ。

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    1. そうですね、奈良井は私も10年ぐらい前でしょうか、同じ印象を受けました。平地に下りたからでしょうか。

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